フレイと唯はそれぞれ男湯、女湯に分かれ、露天風呂に浸かる。別々の湯とはいえ空間的には
壁で二分されているだけで、視覚情報を遮っているのみだ。二人以外に入浴している者はいない。

「フレイさん、いらっしゃいますか?」
「ぅわっ!な、なんだ…唯か」

壁越しにやや大きな声で話す。

「今夜は…星が見えません…」
「ん…たしかに」
「わたし…やっぱり不安です…。嫌な予感がするんです…」
「唯…」
「…」
「…」
「お湯加減はいかがですか?」

重苦しい雰囲気をどうにかしようと、唯が別の話題で払拭する。

「熱くもなくぬるくもなく、ちょうどいいぞ」
「寒い場所での露天風呂は気持ちの良いものですね」
「そうかもしれないな」

そこで自然に話が途切れ、しばし湯けむり気分を満喫する。

「…フレイさん」
「…」
「フレイさん?」
「ん…」
「どうかいたしましたか?」
「いや…のぼせてしまったみたいだ…」
「大丈夫ですか?」
「どうかな…目の前がボヤけてる…」
「それはいけません、早くお上がりになってください」
「その間に唯が襲われるかもしれない…ダメだ…」
「では、わたしも上がります」
「…わかった…」

風呂から上がり、脱衣所の前で二人が顔を合わせる。

「フレイさん、お顔が真っ赤です」
「あぁ…唯がグニャグニャしてる…」
「お部屋に戻って涼みましょう」
「ん…」

慌てて部屋へと戻り、フレイがソファーに倒れ込む。

「俺…長湯は苦手なんだ…」
「わたしに構わずにお上がりになってくだされば良かったのに…」
「俺は唯を守らなくちゃいけないんだ…そんな事、できるはずがない…」
「フレイさん…」

…時は経ち、誰もが寝静まった深夜。

「フレイよ…」
「はぇ…?」
「目を覚ますのだ、フレイよ」
「…炎命?」
「邪気が近づいている、警戒するのだ」
「ちょ、ちょっと待てよ、色々聞きたい事があるんだ。この前はいきなり黙っちまうし」
「今はそれどころではない。邪気を迎え撃て」
「またそれか…仕方ない、今はそうしよう」

唯に気付かれぬよう細心の注意を払い部屋を出て、そのまま外へと向かう。

「さむっ…」
「よく気が付いたな」
「!?」

フレイは聞き覚えのある声に反応し、辺りを見まわす。前方からかすかに人が歩いてくるのがわかる。

「さぁ、ペンダントを渡してもらおうか」
「お前は…!」

フレイの前に現れた一人の男。フレイのペンダントを求めて執拗に追跡する部隊のリーダー。
野太い声が特徴的なスキンヘッドにサングラスをかけた黒ずくめの男だ。

「川に落ちたというのによくも生きていたものだな」
「おかげさまでな」
「ペンダントを渡せ。そうすれば手荒なマネはしない」
「誰がお前なんかに!…と言いたいところだが、俺の手元にもペンダントはない」
「なに…?」
「モンスターに奪われたんだ。俺も探している」
「そうか…、ならお前に用はない」
「ま、待て。聞きたい事があるんだ」
「なんだ?」
「アンタはcageのリーダーなのか?」
「その名前…誰から聞いた?」
「アンタの部隊の黒影ってヤツから聞き出した」
「ヤツか…いらぬ事を…。いかにも、俺はcageのリーダーだ」
「なら知っているはずだ。どうしてペンダントを奪おうとする?その目的はなんだ?」
「敵である俺がそう簡単に喋るとでも思ったか?」
「思わないさ…期待もしちゃいない。でも、今は全く情報がない。少しでもいいから情報が欲しいんだ」
「それを敵の頭である俺から直接聞くというのか…おもしろい男だ」
「黒影も同じ事を言ってたよ」
「ふ…いいだろう、ヒントをくれてやる。ヒューノットに来い。なにかわかるはずだ」
「ヒューノット?」
「俺は忙しい、お前の相手をしているヒマはない。さらばだ」

男は去り際にこちらを振り向いた。

「ついでに教えておこう。俺のコードネームは『snake』だ、覚えておけ」
「あぁ」
「それと…宿代、タダになって良かったな」
「は?」

男はそう言い残し、暗闇の中へと消えていった。

「あの男の名前は…snake…か。あ、そうだ。おい、炎命」
「…」
「ダメか…」

フレイが宿に戻ろうとすると、宿屋の入り口で唯が辺りを見まわしていた。

「あ、フレイさん」
「唯?」
「また夜稽古ですか?」
「ん~、ちょっとな」
「夜は冷えます、あまり無理はなさらないでください」
「あぁ。すまないな、心配かけて」
「いえ…」

二人は自室に戻り、眠りについた。