「じゃあ、話すよ…10年前の事」
「覚悟はできてる」
「…じつはね。この左手の甲の傷、10年前にできた傷なの」
「え?」
「昔、よく遊びに行ってたお寺があったでしょ?」
「あぁ、覚えてる」
「10年前のちょうど今日、7月23日。あのお寺でこの傷はできたの」
「10年前のちょうど…今日?」
「なんでこの傷ができたか、キートが知らないのもムリないよ」
「?」
「あの日、キートとわたしでいつものようにお寺に遊びに行ってね…。いつもと変わらず、楽しく遊んでたの。でね、途中でキートが用事があって帰っちゃって…そのあとだったの」
「そのあと…」
「キートが帰ってからもわたしはお寺で遊んでて、そろそろ帰ろうと思ったの。そしたら変なオジさんが話しかけてきて、すぐに誘拐だってわかった。腕をつかまれて、必死で逃げようとしても逃げられなくて…」
「…くっ」
「抵抗するわたしをおとなしくさせようとした誘拐犯がナイフで脅してきた。それでもわたしが抵抗するから、そのナイフでわたしの手の甲を斬ったの…かなり深かったみたい。すごく痛かったもん」
「そんな…そんな事が…」
「その時に偶然巡回してた警官に助けてもらって、その誘拐犯は現行犯逮捕。わたしはすぐに病院に行った。知らせを聞いたお母さんがすぐに来てくれて、いっぱい泣いてた。とっても泣いてた。それで、どんな出来事があったのか、お母さんに話したら…お母さん、全部キートが悪いって、そう思いこんじゃったの。あのとき、キートがそばにいればこんな事にはならなかったのにって…お母さん、自分の子が第一って性格だから…キートのそばに居させられないって言って、キートになにも伝えられないまま引越したの。…それが、10年前に突然別れた理由」
「…すまなかった」
「ふぇ?なに言ってるの?キートは悪くないんだよ?」
「オレ…あのとき、ただ見たいアニメがあったんだ。ただそれだけの理由だった。そんなちっぽけな理由でオレが帰ってしまったがために、千夏はこんな傷を負ったんだ…全部オレが悪いんだ」
「そんな事ない、そんな事ないよ!悪いのはあの誘拐犯だよ!キートは全然悪くない!」
「千夏…」
「だから…そんなに自分を責めないで!」
「…」

全てがわかった。昔の出来事が全て。オレが覚えていないのは当然だ、知らなかったのだから。

「千夏」
「?」
「オレの事、恨んでないのか?憎んでないのか?」
「なんで?恨む理由もないし、憎む理由もないよ?」
「直接的にオレが悪いんじゃなくとも、あそこに居ればオレが千夏を守ってやれたのは事実だ」
「…違う!キートは悪くない!」
「千夏のおふくろさんがオレを忌々しく思うのも仕方ないよな。おふくろさんの命令だ、オレはここを出る」
「ダメ!」
「千夏…わかってくれ」
「ダメ!絶対にダメ!」
「今度こそオレは出ていく。これ以上迷惑をかけるわけにはいかない」

オレは玄関に向かい、クツを履いた。そして、玄関を出ようとしたとき、千夏が後ろからしがみついてきた。

「わかってくれ、お願いだ」
「イヤ!絶対に離さないもん!」
「なんでそんなにオレと離れたくないんだ?」
「…誘拐犯に襲われた時、わたしはこう思ったの。キート、助けて!って」
「千夏…」
「その時、キートはいなかった。悲しかった。キートに助けてもらいたかったよ」
「…」
「この傷はもう一生消えない。なにをしても消えない傷」
「…っ」
「でも、それは昔の事。もういいの。もう気にしてないよ」
「もういいなんて言うな!オマエは女なんだ!身体に消えない傷がついたんだ、もういいなんて言うな!」
「キート…」
「その傷はもう消えない、消せない。オレにはどうする事もできない傷だ。だったら、もう二度と千夏がこんな目に逢わないようにオレがそばにいて守ってやる!もう危険な目にはあわせやしない!」
「ふぇ…?それって…」
「千夏、オレはオマエが好きだ。一生オレのそばにいてほしい」
「…本当に?」
「あぁ。己の身がどうなろうと、千夏を絶対に守る」
「わたしも、キートのそばにいたい。ず~っと守ってほしい」
「千夏。オレはもうどこにもいかない、オマエのそばにいる」
「…ありがと!」

二人は、強く抱きあった。もう離れたくないという一心で。

「あ、キート」
「なんだ?」
「さっきね…お母さんと話してて言われちゃった」
「なにをだ?」
「キートと別れないと、もう仕送りはナシだって」
「…どうするんだ?」
「もちろんキートとは離れ離れになりたくない。だから…」
「だから?」
「お母さんにバレないように、遠~い遠~い所に引っ越すの!」
「…マジか?」
「わたし達、もう大人だもん。自立だよ♪自立♪」
「…ま、いっか」