「ん…ここは…」

オレは目を覚ました。まだ寝ぼけているが、千夏の家に泊まった事は覚えている。
リビングの時計を見てみた…もう10時か。
顔でも洗おうと洗面所(脱衣所)のドアを開けた。その瞬間

「きゃ~!」

千夏の大きな叫び声に驚いて、すぐにドアを閉めた。

「す、すまん!」
「もぉ!入るならノックくらいしてよぉ!」

どうやら千夏はシャワーを浴びるところだったらしく、タイミング悪くオレが入ってしまったようだ。
そういえば千夏は朝シャンが好きなんだった。にしても…あいつも成長したんだな(照)

千夏が脱衣所から風呂場に入った事を確認すると、オレは顔を洗った。
不精なオレはもちろん洗顔料など使うはずもなく、ただ水で適当に洗っただけ。
顔を洗い終えたオレは、ある事に気付いた。

(あれ?千夏、今日学校じゃないのか?)

おかしいと思い、リビングのカレンダーを見た。

(そうか、今日は日曜だったな)

日曜と言っても特にする事もない。予定があるはずもなく
近くに友達がいるわけでもない。ここ最近はしっかり予定がナイ。
千夏はどうするのかな…バイトか、もしくは友達と遊びに行くのだろう。
ヒマなのでテキトーに参考書を1つ手に取って読んでみる。が、2秒で閉じた。

やはりする事もなく、ただボケ~っとしていた…と、千夏が風呂場から出てきた。

「ふぅ~、さっぱりした」
「千夏、今日どっか行くのか?」
「別に予定はないけど…」
「そうか」
「キートは?キートはなにか予定は?」
「オレはここ最近びっしり予定がないぞ」
「じゃあさ、遊園地行こうよ!」

こんな若い女の子と遊園地。それじゃフルに恋人同士ぢゃないか。

「イヤだ」
「ふぇ?なんでなんで?」
「オレと千夏が遊園地で歩いてたら、絶対に恋人同士に見られるだろ」
「周りからそう思われちゃうの、そんなにイヤ?」
「あ、いや…え~っと…」

返事に困った。かなり困った。そう思われるのも幸だが、別に恋人同士じゃない。
ただの幼なじみだ。かと言って、恋人同士に思われるのがイヤってわけじゃないし…。

「…わかった、行くよ。だけど金はないぞ」
「だいじょ~ぶ、お金なら心配しないで」

19歳の独り暮らしでどこからそんなに金が出てくるのか、不思議である。

「ところで、遊園地ってどこに行くんだ?日本にゃ遊園地なんて腐るほどあるぞ」
「ディズニーランド!」
「…は?」
「だから、東京ディズニーランド!」
「…マジ?」
「うん!」

ピンチだ…あそこに行くのだけはイヤだ。なぜか知らないがミッキーマウスが怖い。
昔からのトラウマなんだ。あの顔を見るだけでダメだ、怖くて怖くてたまらない。

「ヤだ」
「行こうよ」
「ヤだ、絶対に行かない」
「行こうよ行こうよ」
「他のトコじゃないとヤだ」
「…わたし、ディズニーランドに行ってみたかったんだ。でも、相手がいなくて…だから…」
「相手がいない?友達は?カレシとかいないのか?」
「どうしてもキートと行きたかったの…」

ぐさ!っと千夏の一言がオレのハートをぐさっと貫いていきやがった。
いろんな考えが頭を交錯し、脳内はパニック。そして出た答えは

「…わかった、行こう」
「やったぁ!じゃ、さっそく行こ!」

なんで行くなんて言っちゃったのかな…ミッキー怖いのに…ま、いいか。
千夏の家からならディズニーランドはそう遠くない。ほんの30分で到着した。

こ…こわい…
「キート、なにか言った?」
「や、なんでもない。入ろうか」
「うん!」

入場料を払い(もちろん千夏が)さっさと入場。オレの脚はビクついていた。

「ねぇキート…どうしたの?なんだかオドオドしてるよ?」
「べべべべべつになんでもないぞ」
「ふ~ん…変なの。あ、スプラッシュマウンテン乗ろ!」
「わわわわわかった」
「え~っと、現在地がここだから…あっちだね。ほら、早く行こうよ」
「ちょっちょっ、ちょっと待っててくれぃ」

脚がヤベェ、ガタガタしている。すげぇ情けないがミッキーが怖い。

「ホントにだいじょぶなの?」
「ああ、心配ないぞ…」

千夏に心配してもらっている最中、誰かに肩を叩かれた。
恐る恐る後ろに顔を向けると…ミッキーの悪魔の形相が目の前に現れた。
その瞬間オレは大暴走、一目散に走り去っていった。

全速力で走りまわったので体力の限界、少し休憩。
グッタリしゃがみこんでいると、千夏がやってきた。

「あ、いた!もぉ~、探したんだからね」
「いやぁ最近運動不足だったからな、ちぃとばかし走っとこうかと」
「そうなんだぁ…って、だまされないもん」
「じ、じつはな…ミッキーがこわいんだよ…
「う~、よく聞こえないよぉ」
「だから…ミッキーマウスがこわいんだよ…」
「あぁ~、そういえばそうだったね。ゴメン、すっかり忘れてた」
「お?そういえばって…どういう事だ?」
「キートのお母さんによく聞かされてたもん「ウチの子、ミッキーマウスがこわいんだよ」って」
「…おふくろめ…」
「お母さん、元気?」
「っ…」
「?」
「…いや、田舎でバリバリ畑仕事してるぞ」
「そうなんだぁ。あ、そんな事よりも早くスプラッシュマウンテン乗ろうよ」
「あ~わかったわかった」

その後、ミッキーの存在に気を配りつつもたくさんのアトラクションを楽しんだ。



無事に帰宅し、オレはこの家から出ようとしていた。

「わっ。キート、どこ行くの?」
「いい加減世話になりすぎた。また旅に出る」
「…そんなのダメ!」

その言葉、オレにとって嬉しいのか苦しいのか。今の時点ではわかるはずもなかった。

「なにを言われてもオレは出るぞ」
「ダメ!絶対にダメ!」
「なぜそこまでひき止める?」
「そばにいてほしいの!」

少し意外な答えだった。幼なじみとはいえ…

「あのな、千夏。いくらなんでもこのまま泊まり続けるってのは…」
「泊まり続けるんじゃなくて、ここに住めばいいじゃない?」

またしても度肝を抜く発言であった。

「おいおい、住むって言ったら…色々と迷惑がかかるだろ?」
「?」
「ほら…食費とか生活費とか、世間体とかだなぁ…」
「だいじょぶ。お金なら心配ないし、別に周りからどう思われても構わないよ」
「それでもダメだ。オレのプライドが許さない」
「…そんなぁ…一緒に暮らしたいのに…」
「ダメだ、あきらめろ」
「…キートのイジワル!ふぇ~ん!」

はっ!やってしまった!千夏の『泣きの嵐』が!

「ち、千夏、だからこれはしょうがないんであって」
「ひどいよぉ!キートのイジワル~!ふぇ~ん!」

まるで子供のように泣き続ける千夏。この場合、こちらが折れないと絶対に止まらない。
という事は……………はぁ…。

「わかったよ…ここに住む、住むから泣き止んでくれ」
「…ホントに?ホントに一緒に暮らしてくれるの?」
「ああ…(強制的だけどな)」
「わ~い!キートと一緒、キートと一緒♪」

というわけで、千夏とオレの同居生活が始まってしまった。同棲ではない…事を願う。