じりりりりりりりりりりりりりりりり…カチッ。
9時…とうとう1時間も起床時間が早まった。たぶん千夏なりの思いやりなのだろう。
だからって1日ずつ早めなくてもいいぢゃないか…眠い…。

とくにする事もなく、吉牛の面接の合否の電話を待つだけである。



トゥルルルルルルルルルルルル
ガチャッ

「もしもし」
「え~、沢口秋人さんでしょうか?」
「はい」
「こちら吉牛の者ですが、面接の件でお電話させていただきました」
「あの…それで…」
「厳密な審査の結果、合格となりました。後日バイト日程などをお知らせいたします」
「ホ、ホントですか?ありがとうございます!」

よかった、ホッとした。ったく…あの面接員め、まぎらわしい顔をしやがって。
すっかり安心したオレは、軽い睡魔に襲われた。だが、寝るわけにはいかない。
昼寝してはいけない、前にメモでそう書いてあった。この家のルールだ…ツライ。
眠気を我慢するほど苦なものはない。ちょっくら外出してくるか。

身支度を終わらせ、ささ~っと軽やかに東京の街並みへ繰り出した。
当面の目標は「レッカマン全読破」なのでやっぱり本屋に出向く。
一気に全巻買ってしまうとな~んにもおもしろ味がないのでジワジワと買っていくのだ。
また1冊を手に取り購入、本屋を出た。早くレッカマンを読みたいが
たまにはもっと東京という場所を散策してみようと思った。
でも、オレはそれをためらった。どうせなら千夏と行こう、そう思ったからだ。

ふと、なにか忘れているような気がしたオレは、おつむフル回転で記憶を引き出す。

(そうか、今日は千夏の誕生日だ。世話になってばかりだからなにか買っていこう)

オレなりの感謝の気持ちである。といってもやっぱりショートケーキ。小さいケーキだ。
だがケーキだけでは殺風景なので、キーホルダーでも買ってあげよう。
キーホルダーと一口に言ってもその種類は星の数ほどある…とりあえずオモチャ屋へ。
めぼしい物を探すが、千夏が好きそうなキーホルダーなんてわかるはずもない。

(そういやあいつ、夏生まれだからって夏がメチャクチャ好きだったよな…)

夏に関連するキーホルダーを探してみると、1つのキーホルダーを発見。

(夏みかんキーホルダーか…いいや、これで)

そそくさとキーホルダーを買い、ケーキを持ってすぐさま帰路につく。
10分程度でマンションに到着し、玄関を開けようとしたその時、勢いよく玄関が開いた。
その扉に豪快に顔がぶつかったオレは、その場でしゃがみこんでしまった。

「あぃた~…イテェ~な千夏…おろ?」

千夏が玄関を出て、階段へと走っていってしまった。なんなんだろう…と思いつつも
再び家の中に入ろうとすると、また勢いよく玄関が開き、顔に豪快にぶつかる。

「イッテェー!!ったく、誰なんだよ!」

と、1人の中年女性が千夏を追いかけるように家から出て走っていった。

「あ、ちょ、ちょっと!(あれ?あの後ろ姿、どっかで…)」

なんだかよくわからないが、千夏もそのうち帰ってくるだろうと思い、家で待つ事にした。
リビングのテーブルには、昨日のオレの誕生日の時の2倍はあろうかというケーキ…でかすぎる。
その横に、買ってきたケーキをちょこんと置いて、キーホルダーを置いて待機していた…
しかし、なかなか帰ってこない事を不思議に思ったオレはさっきの出来事を思い返してみる。

(さっきのオバさん、どっかで見たような…な~んかひっかかってんだよな~)

(…千夏、泣いてたな…)

心配になり、マンション周辺を探しまわってみた…が、千夏はどこにもいなかった。
あきらめて千夏の家に帰ると、千夏はすでに帰っていた。しかもちゃっかりケーキを食べている。

「あ、千夏!」
「むご?むごごがごもぐご」

口の中がケーキいっぱいで、何を言っているか全く分からない。

「千夏…オレがどれだけ心配したか…」
「むぐがぐご…(ごっくん)…ごめんね、キート」
「あのとき、なんで泣いてたんだ?あのオバさんは誰だ?」
「あのとき…?キート、いつの間に帰ってたの?」
「帰ってきてドアを開けようとしたら勢いよくドアが開いて、オレの顔に遠慮なくぶつかったの!」
「そうだったんだ。ゴメンね、全然気付かなかった」
「まぁいいや…んで、あのオバさんはなんだったんだ?」
「…あの人、わたしのお母さんなの」

やっぱりそうだったか…見覚えがあると思ったが、千夏のおふくろさんだったか。

「それでね、女の独り暮らしは危ないから実家に帰ってこいって、何度も言われてるの」
「たしかに…」
「だけど、何度も何度も断り続けたの。さっきもそれでちょっとしたケンカになっちゃって…」
「帰らないのか?」
「帰らない…帰れないよ。どうしても独り暮らしがしたかった…それに、今はキートがいるから…」
「…オレ、やっぱり迷惑かけてるんだな」
「そんな事ないよ!キートは…キートには、ずっとここに居てほしいの!」
「千夏…」
「だから、お願い…ずっとそばに居てね…」
「おいおい、なんか大げさだなぁ」
「お願い…」
「大丈夫だよ、ずっとそばに居るから」

(ん?ちょっと待て。いつからこんなクサい恋人みたいな事になってるんだ?
オレはただ千夏の家に世話になっている同居人であって…あれ?あれれ?
もしかして無意識の内に千夏の事を…や、ややや、んなこたぁないぞ…たぶん。
結局のところ千夏はオレの事をどう思っているんだろうか?好き?キライ?
キライならここまでしないだろう。って事は…そうなるのか?そうなのか!?(汗
別にオレは千夏の事がキライってわけじゃないし、好き…なのかどうかはわからない。
だからって本人から聞き出すのは………あ~面倒だ!このまま続行しちゃる!!)

「ホントに…そばに居てくれるの?」
「ああ、ホントだ」
「…ふぇ~ん…よかったよぅ…」
「ん、そうだ」
「ふぇ?」
「これ。ケーキだけじゃつまらないと思って、買ってきたんだ」

そう言って、買ってきた夏みかんキーホルダーを渡した。

「んと…くれるの?」
「もちろんだ」
「…ありがと!」

いきなり千夏がオレに抱きついてきた。

「ち、千夏っ!?」

千夏が抱きついたまま、時が過ぎた。長いのか短いのかもわからない時が過ぎた。
やっと離れたかと思うといきなり

「さ~て、パーティーを続けるぞぉ~!」

…この調子である。その後もパーティーは続き、刻々と時間は過ぎていった。

「今日のスペシャルウノパー…」
「千夏」

千夏が最後まで言い切る前にオレが話しかける。

「ふぇ?」
「いい加減ウノはあきた。他のボードゲームの類はないのか?」
「うにゅ~…あ、押し入れに人生ゲームがあるかも」
「なんだ、いいのがあるじゃないか」
「探してみるね」

…15分後。来ない。

「千夏~、まだか~…って、ホコリまみれじゃないか」
「う~、みつかんないよぉ…というわけなので、あきらめてウノをやろ~!」

…この調子である。言うまでもなくウノは深夜まで続いた。
時間は0時をまわり、さすがの千夏もおネムのようなのでパーティ&ウノは終了。
千夏もオレも寝床につき、眠りに入った。

午前3時、何気なしに目が覚めた。ノドが乾いたのでジュースを飲み、また寝床(ソファー)に戻った。
…目が冴えて眠れない。そんな時、今日の出来事が頭に浮かんだ。

(千夏が抱きついてきたのは、幼なじみとしてなのか…それとも…)

オレの頭はその事でいっぱいである。千夏がオレの事をどう思っているのか。
当のオレも千夏の事をどう思っているのか。恋愛経験のないオレにはサッパリだ。
千夏がオレの事を好きでオレの千夏の事が好きだとしても…だぁ!ややこしいわ!寝る!!

しばらく寝つけなかったが、再び眠りについた。