| ザ・コンビニ 30 ピンポーン。 あ。 久方ぶりのご来店、不精 髭男(ぶしょう ひげお)さんです。 ほぼ同じ格好で、少し不精髭が伸びた気がする。1mmくらい。 髭男さんは入店するなりまた雑誌コーナーに直行、一番下の棚から少年向けの漫画雑誌を取って立ち読みを始めた。 ああ、それまだ私読んでないのに…。 彼のことだからしばらくレジに用事はないだろうと踏んで、残っていた裏方の在庫整理を片付ける。 最近ものすごく商品の回転が悪いような気がするのだけれど。 違う、そうじゃない、原因は私。 疲れていて新規入荷品と在庫品の区別が付いていないのだろう。 そういえばここ数日、"まともにあったかい"お風呂に入った覚えがない。 あとで友達に入浴剤を融通してもらって、嵩増しペットボトル抜きの熱いのにどっぷり浸かろう。 そんなことを考えながら店内に戻る。 髭男さんはまだ立ち読みしていた。 同じ漫画雑誌を。 店内にいるお客様を放っておいて在庫整理を始める店員も店員だけれど、十分近く立ち読み続ける方もすごい。 まだしばらくレジに用事はなさそうなので、軽く商品の補充でもしておこう。 近頃やたら500mlの生チョコ風パックジュースが売れて面倒くさい。 パックの高さに合わせた棚で、なおかつ他のパックがひしめき合っているため上下左右に隙間がなく、先入れ先出しの補充が大変やりづらいのだ。 売り上げにかかわらず私の時給は固定なので、手を抜いて売り上げが減ったところで私に痛みは全くない。 だからたまに、賞味期限の古い商品をそのまま新品で押して奥に追いやってしまおう、なんて悪巧みも考え付くけれど、私の普通な正義感と罪悪感と根性が私をビビらせて制止してくれる。 万が一私の仕業とバレてしまえば私の命(給料と同義)はそこまでだし、バレなかったとしても手抜きによって緩慢に訪れるお店の業績悪化で時給固定の掟も破られてしまうかもしれない。 もしそんなことになったら… パンの耳からどうやってグレードを下げろっていうんだー! なんてことを片隅で考えながら商品の補充は完了。 ダンボールの片付けをしながらふと雑誌コーナーを見やると、まだ立ち読みをしていた。 心なしか冒頭から読み進めている気がするけれど、だいぶページが進んでいる気がするけれど、まさか一作品も飛ばさず全て読み倒すつもりなのだろうか。 ところで髭男さんが読んでいる週刊少年バカチンには私の愛読作品であるナイトブロードウォーカー戦記が連載されているのだけれど、先週は壮絶な展開で終わってしまったためすごく気になっている。 正直、早く読みたい。 正直、髭男さんにはまたのご来店をお待ち願いたい。 しかしお客様あってのコンビニエンスストア、注意することなくひたすら辛抱せねばならない。 これも修行なのだ、日々の貧乏に比べたらなんということは…! レジに持ってきた椅子に座って三十分、髭男さんはようやく漫画雑誌を棚に戻した。 少なくとも、私の勤務中に来店した客の中では最長の滞在時間を記録―更新中。 変わった人だとは思っていたけれど、まさか一冊まるごと読み倒すとは思わなかった。 当店は古本屋ではございませんっ。 でもこれでようやく解放される、私の夢の読書タイムがやってくるのだ。 そう思うたび、ナイトブロードウォーカー戦記の続きが気になって仕方がない。 髭男さんは店内をウロウロ、一口サイズのようかんとグミを持ってカウンターに置いた。 商品のバーコードを読み取り、 「289円になります」 額面ピッタリに支払おうとしているのか、がま口財布の中をゴソゴソと漁っている。 あー…。 この人、今週のナイトブロードウォーカー戦記の内容知ってるんだっけ。 気になるけれど、もう少ししたら自分の目で読めるのだから我慢しなければ。 我慢。 しなければ。 我慢。 …できない。 「あの〜…」 つい、聞いてしまった。 「は」 彼は一言そう言った。どうやら返事らしい。 「読みました…よね? バカチン」 「すいません」 「あっ、いや、違うんですっ!」 男性は頭上にハテナを浮かべて。 「変なこと、聞いちゃうんですけど…。あっ、ナイトブロードウォーカー戦記、読みました!?」 「はい」 「どうでした? おもしろかったですか!?」 ああ、お客様に何を熱く訊いているのだろう。 「まぁまぁ、おもしろかったですけど」 「そ、そうですか…」 どんな答えを求めていたのかは今となってはわからないけれど、どうやらおもしろいらしいから安心だ。 「主人公のナイローが、」 「キャー!」 ネタバレの危機が迫り、私はつい恥じも知らぬ大声を出してしまった。 「あ…。ご、ごめんなさいっ」 私が謝っても髭男さんの反応はなく、変な沈黙が数秒入り、 「あの、私、その漫画毎週読んでて、前回すっごいイイところで終わっちゃって、ホント気になっちゃって…、ええと」 しかし髭男さんは一切合切一言も言葉を発さず、ただ立っていた。 この際だからバカじゃないのとか罵倒された方がいっそ気持ちがいいのに。 「あの」 髭男さんが口火を切った。 「はい」 「会計、お願いします」 「へ?」 よく見ると、カウンターの上にきっちり289円置かれていた。 「あっ、す、すいませんっ!」 精算を済ませて商品を渡し、髭男さんは退店していった。 あぁ、恥ずかしかった…。 でもこれで私は自由の身、ゆっくりと漫画を読め ピンポーン。 そんな…。 って、髭男さんだ。 先ほどのリピートが如く雑誌コーナーに直行、バカチンを持ってカウンターに置いた。 立ち読みで読み倒したのに購入するなんて、繰り返し読みたい漫画でもあったのだろうか。 精算を終えて退店、今度こそ自由の時間がやってきた。 さぁ、これで心置きなくナイトブロードウォー― あれ。 ない。 雑誌コーナーにバカチンがない。 もしかして…、最後の一冊だった!? さっき在庫を見た時にもバカチンはなかった。 うわぁ〜ん! 髭男さーん! お金返すから、バカチン置いてってー! Back | ザ・コンビニ 31 |