| ザ・コンビニ 32 ピンポーン。 あ。 「おっつ〜!」 「売り上げに貢献しに来たぞ」 大学の友達がご来店。 二人とも私の家と住まいが近くて、自然とお店からも近い。 毎日のレポート地獄でしんどいだろうに、こうして慰労(?)に来てくれるのは地味に嬉しい。 「いらっしゃいませぇ〜」 「あれ、お疲れだね」 「寝る時間削って、レポート書いてて…」 「死なないでね?」 「保険に入るまでは、死ねないよ…」 簡単に私を殺そうとするこの子は、真紀。 「差し入れしたいのは山々だけど、仕事中じゃな」 「あ、監視カメラはオーナー全然チェックしてないから、どんどん差し入れしてッ」 「ハハ、現金なヤツ」 男勝りなこの子は、由莉。 二人とは同じ学部で、なんとなく友達になった。 私がバイトばかりで忙しくて三人で遊ぶことは滅多にない(お金がないせいでもある)けれど、私のことを気遣ってくれるし、とてもうまの合ういい友達だと思う。 「こんな時間に来るってことは、またレポート合戦?」 「んにゃ、今日はただの呑み」 「バカ言え、レポート溜まりまくりでしょうに」 「うぇ〜…、今だけは忘れたい…」 二人はたまにお互いどちらかの家で夜通しレポートを片付け合う『レポート合戦』をすることがあり、合間の休憩で来店することもしばしば。 今回もそうらしい。真紀は飲もうとしてるけれど。 「優はレポート平気?」 「うん、もうちょっとで終わるから」 「なんならやっとくよ?」 「だから、お前は自分の分で手一杯だろって」 「うぇ〜…」 「気持ちは嬉しいけど、真紀だって大変でしょ? 自分でやるから、大丈夫ッ」 「そかそか、いや〜あたしいつもこのパターンやね…」 なんて言いながら、二人はお店の中を巡り始める。 「優〜、これおいしい〜?」 棚陰から真紀が商品を掲げて私に訊いてくる。 今週入った新製品のお菓子だ。 「わかんな〜い」 いくらお店の物だからって食べたことがあるわけではないし、お菓子を買う懐の余裕もないし…。 真紀は実家に住んでいて、自由に使えるお小遣いをもらっているらしい。 由莉は休みの日にスーパーのバイトをしていて、生活の方は仕送りで間に合うのでバイト代は自由に使えるのだそうだ。 なんてうらやましい…。 仕方がない、それが人生というものだ。 私だって、お金がないからといって不幸なことばかりではない。 そう例えば… 例えば… ほら、アレとか。 …ごめんなさい。 「優、バスタープリンがないみたいなんだけど」 「あっ、ごめん、今補充するねっ」 「悪いね」 由莉は大きな身長と男の子みたいな性格の割には甘い物が大好物で、そのギャップをたまたま知ってしまった男子は必ず惚れると言われている。 裏方からバスタープリンのケースを持ってきて補充していると、ヒョイヒョイと独特の歩き方で真紀がやってきた。 「ね〜ぇ、優」 「ん?」 「今ってさ、バイト募集とかしてない?」 「えっ? どうしたの? 急に」 「いやーちょっと欲しい服があってさ、お小遣いじゃとてもじゃないけど買えないのよねぇ…」 補充のためにしゃがんで作業をしている私の隣に同じくしゃがみこんで、まるでお悩み相談中の女子高生といったカンジの真紀。 彼女は生まれてこの方アルバイトなどしたことがなく、お小遣いをやりくりして生活してきた。 と言うと親のすねかじりみたいで聞こえはよくないけれど、その実すごい努力である。 一介の女子大生が、親からのお小遣いだけで生活できるだろうか。 大半の人はノーと答えると思う。 洋服にCD、化粧品に映画館、ケータイ代に飲み代に合コン代に― よほどのシロガネーゼ娘でもなければ収支のバランスは大破綻しているだろう。 それでも彼女は金銭面に関して苦味を言ったことはないし、貧困に喘いでいる素振りを見たこともない。ましてや経費削減のために友達付き合いまで削減、なんて彼女には有り得ない。 それもこれも真紀のたゆまぬ努力の結果だろう。 その努力をアルバイトに向ければいいのに…と思ったけれど口にしなかったことは何度あったことか。 きっと彼女には絶対的なポリシーがあって、それこそ宗教的な神の教えにも似た信条であったりして、故に成し遂げられているのかもしれない。 そんな彼女が今、神にも等しきポリシーを曲げてでもアルバイトをしたいと申し出ている。 よほど素敵な服なのだろう。 私はユニクロの服だって高くて買えないのに…。 ここは友達として、彼女の大英断にぜひとも協力差し上げたい。 が。 「う〜ん…。残念ながら、逆に人手が余っちゃってるくらいで…」 「そっかぁ。不景気だもんね、仕方ないか」 「ごめんね」 「なに言ってんの、優はオーナーじゃないっしょ♪」 サンキュ、と言いながら肩をポポンと叩き、真紀は由莉の所に向かった。 友達として心苦しいけれど、真紀がウチのバイトに入ったら私のシフトが減ってしまう。 シフトが減るということは私の人生が縮むことに直結するので、真紀、ごめんなさい。 きっと近所の別のコンビニは潤っているだろうから。 私みたいな貧乏ヒューマンウォッチャーはいないだろうから。 って、真紀が深夜に入るとは限らないけれど。 「優〜、悪い、こっち来て〜」 「は〜い」 由莉に呼ばれて走っていく。 毎日暇な分、仕事してるっていう充実感が味わえる。 そんな自分が少し悲しい。 由莉は簡単な美容製品が置かれているコーナーにいた。 「これさ、値札ないんだけど値段わかる?」 由莉が指差したのは、少し(私にとってはかなり)値の張るシャンプーだった。 「あっ、ごめん、今調べてくるね」 「うん、サンキュ」 私がこのシャンプーに触れた覚えはないから、きっと昼勤の人が品出しして値札を貼り忘れたのだろう。 案の定貼り忘れられていた値札タグを貼り付け、ついでに値段も教えた。 「あ〜、やっぱり高いなぁ…」 「すみません、コンビニは定価売りがモットーでございますので…」 わざとらしく言うと、由莉はカラッと微笑んで、 「まぁ、二十四時間いつでも買い物できるんだから、妥当って言えば妥当だよな」 別に今すぐ買う必要もないのだろうけれど、レポート合戦から少しでも離れようと時間稼ぎをしているのだろうか、しゃがみ込んでシャンプーと睨めっこしている。 甘い物好きというギャップの他に、由莉にはもう一つのギャップがあった。 髪をとてつもなく労わっているのだ。 シャンプーコンディショナートリートメントは当たり前、タオルの当て方からドライヤーでの乾かし方まで、徹底的にこだわり尽くした由莉の髪質は同性でも信じられないほどの質を誇っている。 男勝りに見えてしまう要因の一つでもあるショートヘアには理由があり、一昔前、大学に入る以前は自慢の髪大事とロングにしていたそうだが、バイトやらレポートやらでヘアケアに時間を割く余裕がなくなってしまい、しかし髪へのこだわりは頑として譲れず、やむなくショートにしたのだそう。 私は万年安物のシャンプーリンスで、枝毛ができたところで別段補修のためのコンディショナーを買えるはずもなく、放置するか切ってしまうかの二択しかない。 元より薄めて使っているため現状でもギリギリ。 私だって、せめて弱酸性の選択肢くらい選んでみたいのに…。 などとうらやましがっていたら、無意識に由莉の髪を撫でていた。 「お。なんだなんだ」 「いつにも増してサラサラだねぇ」 「やっぱ、わかる?」 由莉の声にややの喜色が滲む。 「じつはさ…」 「うん」 「奮発して、セグレタの三点セット買っちゃったッ」 「えーっ!?」 私の声を耳にした野次馬筆頭の真紀が、 「なになに!? どしたん!?」 慌てて駆け付けた。 「由莉、セグレタセット買っちゃったんだって!」 「あぁ〜、それね」 「知ってたの?」 「だって由莉ってばある日を境に短い髪をやたら払うようになったり、っていうか擦れ違っただけで悩殺級の香り漂わすし、そりゃあ気付くっしょ」 エヘヘ、と由莉は照れ笑いを浮かべた。 なるほど、私が男ならオチてる。 「いいなー…」 うらやましさと心地良さからさらに髪を撫でていたら、由莉に言われてしまった。 「おいおい、あたしは優の彼女じゃないんだぞ?」 彼氏、とは言わないのね…。 二人はお菓子や飲み物をたっぷり買い込んで、私にチロルチョコをおごって帰っていった。 塩バニラ味。 甘い…。 Back | ザ・コンビニ 33 |