| ザ・コンビニ 34 ピンポーン。 ものすごくお腹の出ている男性がご来店。 二十代後半か三十代前半といったところか。 ジーンズにトレーナーを纏い、トレーナーの腹部分にプリントされたデフォルメ猫は押し出されるように丸く歪んでいる。 さしずめど根性ネコかな。 …かわいそう。 男性はいきなり買い物カゴを持ち、バランスの取れた弁当ではなく唐揚げや菓子パン、ドリアなどを取ってカゴに入れ、ドリンクコーナーで甘ったるそうないちごオレやコーラ(カロリーオフでないもの)などを入れ、お菓子コーナーでポテトチップスや板チョコレートなどを入れた。 全部食べるんですか? うっかり尋ねてしまいそうになる。 まさかとは思う。 きっと家庭があって、奥さんとか子供と食べるのかもしれない―としても、こんな深夜に買いに来ることはないだろう。 これはあくまでもヒューマンウォッチャーとしての主観だけれど、男性は商品を選ぶ際、完全に自分の好みで決めていたように感じた。 もし友達と食べるのだとしたら、その友達と買い出しに来ているはず。 いや、もしかしたら何かのパーティの買い出し係の線も考えられる。 待てよ、それなら飲み物は1.5ml以上の徳用を買うのが常套ではないだろうか。 そもそもパーティに菓子パンやドリアはないか。 私のせいぜい人並み程度の頭で推理すればするほど、男性の単独犯の可能性は高まっていく。 彼が単独犯であろうがなかろうが私には全く一切何も関係ないのだけれど、だからこそ興味をひかれてしまうのが人間観察屋の性でもある。 それ以前に人として、これ以上の暴飲暴食は止めた方がいいのではないか。 しかし、お客様の購入の自由に意見するコンビニの店員など聞いたことがない。 そんなことをして、売り上げが減っても増えることはないのだから、普通に考えれば誰もそんなことはしないだろう。 彼が生活習慣病に苛まれたところで私たちアルバイターは何ら痛くも痒くもないし、むしろ買い手の一人が失われることの経営面でのダメージの方を考慮するだろう。 一部のアルバイターからしたら、ざまぁみろ、と思う人もいるかもしれない。 でも、それではいけない。 人間とは、助け合って生きていくものなのだから。 基本的には直接的な助けだけれど、時には間接的な助けとなることもある。 落ちていた財布を気まぐれに拾って交番に届けたら、近所の悪路が一気に補修された。 そんな『情けは人の為ならず』『風が吹けば桶屋が儲かる』であっても助けは助け。 もしここで彼を助けて、数日後に私の貧乏が終わりを迎えるかもしれない。 というのは私の渇望から来る妄想だけれど、見返りなんてものは最初から期待してはいけない。 ないと思っていれば、あった時の嬉しさは半倍くらいは高まるかもだし。 …えーっと、そうじゃなくて。 大切なのは、今ここで彼を助けた場合の損得を考えちゃダメ、ということ。 自分の身を考えて欲しい。 両親は、見返りを期待して、凄まじいまでに手間である私を育てただろうか? 老後の面倒を見て欲しいという大前提もあるけれど、それだって絶対ではない。 確たる見返りなんて、何もないのだ。 それでも、少なくとも私の両親は一生懸命私を育ててくれたと思うし、いつかその恩を返したいと思っている。 一生懸命育てても、老後の面倒なんか見てやるか、って言われてしまうかもしれない。 一生懸命育てなくても、老後の面倒を懇切丁寧に看てくれるかもしれない。 どう育つかなんてわからないのだから適当に育ててしまおう、と考えるのも一理あると思う。 社会的には非難されるべき、ようするに放任主義だけれど、それが間違っているかと聞かれて絶対的な自信を以ってうなずくことはできない。 ましてやこの一人っ子時代、過保護が裏目に出るケースが後を絶たない。 そしたら放任主義だって大半が裏目に出てしまうんじゃないだろうか。 …なんかわかんなくなってきた。 結論。 人助けは、しておいて損はない。 いっぱいになったカゴを持って男性がよっこいしょとカウンターに置いた。 すごい量…。 一つ一つバーコードを読み取りながらも考える。 やはり言うべきだろうか。 私の勝手も勝手たる推測ではあるけれど、この量を一人で食べ尽くすのは如何にマクドナルドの社長であろうと『不健康だ』と言うだろう。 ピッ、バーコードを読み込む。 これだけの食料(お菓子含む)が私の物だったら、一週間は優に過ごせる。 ボーダーラインに接近するけれど、二週間もまんざらでもない。 生命の危険を顧みず、ダイエットだと思えば三週間も…。 ピッ。 やはり言うべきだろうか。 店員の立場を弁えぬ行為とは重々承知しているけれど、それ以前に私は人であり、ヒューマンウォッチャーでもある。 そうか。 私はあくまで観察者、余計に首を突っ込んではいけないんだ。 …だけど。 対象をじろじろ見るような危ない観察者でしか見抜けないこと、指摘できないこともあるかもしれない。 自意識過剰かもしれないけれど、故にできることもある。 ピッ。 言おうか。 言ってしまおうか。 会計の終わり際に言うのも変だし、タイミング的には今しかない。 よし! 世の為人の為ヒューマンウォッチャーの為、勇気を出し― 「あ」 突然、男性が口を開いた。 「そういえば俺、ダイエット中だっけ…」 と独り言をつぶやいて、未会計でまだカゴに入っていた板チョコレートを棚に戻した。 上申のタイミングを逃した私はそのまま精算を済ませ、 「ありがとうございましたー」 男性を見送った。 …恐らく、板チョコ抜きダイエットなんですよ。 Back | ザ・コンビニ 35 |