| ザ・コンビニ 41 ピンポーン。 控え室にいた私は、チャイムの音でレジに出た。 「いらっしゃ―」 言いつつ店内を見渡すが、客の姿は見当たらない。 少し待っていると、トイレから客が出てきた。 白い肌にフレアスカートの白いワンピース、漆黒のセミロングヘアの若い女の子。 トイレから出たその足で雑誌コーナーに向かい、ファッション雑誌を立ち読み始めた。 時間がかかりそうに見えたので、チルドコーナーの商品の補充を始める。 三分ほど経った頃、補充品が足りなくなったので在庫を取りに行こうと立ち上がり、横目に雑誌コーナーを見やると、そこに女の子はいなかった。 店内を見回すが物陰にもおらず、トイレは照明のスイッチが入っていない。 帰ったのであればチャイムが鳴るはずだが、時たま鳴らないこともあるし、特に気には留めなかった。 裏手に行き在庫の入った段ボールを抱えて店内に戻ると、女の子が立ち読みしていた。 少し背筋に冷たさを覚える。 もしかしたら灯りを点けずにトイレに入っていたのかもしれない。 深夜で全くの暗がりだが、絶対にないとは言えない。 足音が聞こえなかったのも、元から足音が静かで店内の有線に混じったか。 足もちゃんとある。 足の有無で決まる話であれば苦労はしないのだけれど。 気にはなったが、商品の補充もせねばならず、ひとまずは補充を続けた。 そして数分後、今度はしっかりとチャイムが聞こえ、店を去っていく女の子の後姿が視認できた。 一息ついてレジに戻り、ふと気が付くと、ドリンクコーナーのドアが開いていた。 冷気が逃げてしまう、と慌てて閉めた。 レジに戻ろうと振り返ると、女の子が立ち読みしていた。 背筋が凍り付く。 それでも私は―彼女が人間であるののなら―人間観察者であり、彼女を見届ける義務がある。 女の子から目線を外さぬようしっかりとマークし、レジに戻る。 本当は視線を向けるだけでも怖いのだけれど、ここは一時でも店を預かる店員として、そしてヒューマンウォッチャーとして、絶対に視線を外してはならない気がした。 しばし女の子に注視していたが、ただページをめくるばかりだった。 と、 チン。 「え?」 電子レンジの完了音が鳴り、慄いていた私は驚きのあまり注視を忘れ、背後の電子レンジに振り向いた。 電子レンジの中には何もなく、特に異常もない。 単なる誤作動か。 ひとまず安心したところで女の子から目を離してしまったことに気付き、視線を戻す。 鼻もくっ付きそうなほど目の前に、白を通り越して蒼白になった女の子の顔があった。 「キャーッ!!」 あまりの恐怖に悲鳴を上げ、足の力が抜け後ろに倒れ込むが、背後の棚に腰をぶつけて尻餅をつく形となった。 両手で顔を覆い、歯がカチカチと音を立てる。 イヤだ、怖い、助けて。 お客様は神様だと言うけれど、異界からの客を歓迎できるほどの器量は私にはない。 私はまだそちらの人間ではない、三途の川は渡っていない、だから近付かないで、関係ない。 腕まで震え出した。 全身が凍り付きそうに冷たい錯覚を覚える。 じつはすでに私はあちらの住人で、夢を見ていたのかもしれない。 夢を覚ますために、迎えが来たのかもしれない。 イヤだ。 帰りたくない。 私はまだ、人間だから。 だから…、 「来ないでっ!」 なけなしの勇気を振り絞り、目を見開いて叫んだ。 そこに、女の子の姿はなかった。 錯乱していたためにチャイムにすら気付かなかった可能性、否、彼女ならチャイムが鳴らない可能性の方が高いが、少なくとも店内には私以外に誰もいない。 まだ確定したわけではないが一時の安寧に安堵し、ふぅと胸に痞えた息を吐く。 そこで、カウンターの上に何かが置かれていることに気付いた。 小銭だ。 脳が自然に金額を数え、私は戦慄した。 666円。 …ん? 待てよ? この金額には他に覚えがある。 ウチの店で唯一入荷している月刊漫画雑誌、月刊メロイックの価格だ。 そういえば今日はメロイックの発売日で、私の記憶する限り在庫は店頭の一冊のみ。 嫌な予感がした。 急いで雑誌コーナーに確認しに行くと、そこにあったはずの月刊メロイックはなくなっていた。 もとい、購入されていた。 …。 幽霊さーん! 私、まだそれ読んでなーい! Back | ザ・コンビニ 42 |