| ザ・コンビニ 47 ピンポーン。 十歳くらいの女の子がご来店。 服装は普通なのだが髪の毛がやたらと長く、腰まである。 ファッションなのだろうか、個性の強調なのだろうか、手入れも大変だろうに、などと余計なお世話を働かせている間に女の子はレジの前に立っていた。 レジに立っている私の目を数ミリと違わぬ狙いで見つめてくる。 私、女の子にそんなに見つめられたことがないから、なんかこう、変な気分っていうか、 「お姉さん」 「はい?」 まだ幼さの抜け切らない顔に反してすごく大人びた鋭い声だったから、余計に驚いてしまった。 驚きを隠す余裕があったのが唯一の救いだったかも。 「訊きたいことがあります」 「はい、なんでしょう」 ちょっと大人ぶった口調になってしまったことを後悔する。 「生きるって、なんですか」 うわッ…。 極めて鋭利な槍で心臓を貫かれたような、それでいてものすごく鈍重な衝撃を全身に浴びたような、そんな錯覚を覚えた。 彼女の眼は真剣そのもので、冗談です、なんて軽く言ってくれそうな雰囲気ではない。 またまたそんなご冗談を、と私が白旗を揚げたいくらいだ。 これも錯覚かもしれないが、彼女の視線が次第に睨みつけているように感じる。 何の謂れがあって私が睨みつけられなければならないのか。 勝手な被害妄想であっても、私がそう感じてしまったのならすでに被害者である。 というかこの構図、百人中百人が私を被害者と言うだろう。 レポート退治と睡眠不足との格闘で疲労困憊の身だというのに、いきなりなんだ。 生きるって、なんですか。 そんなものは自分の胸に訊いてみればいい。 現代に生きるほぼ全ての人類それぞれに生きがいはあり、多種多様である。 つまらなく言ってしまえば子孫繁栄だが、高知能生物である人間の生きがいはそんな単純な目的のために一生を費やすことなど有り得ない。 富や名声を得るため、世界を一周するため、ギネスブックに載るため、仲間と笑い合うため。 人それぞれに生きがいがあり、それを成し得るために生き、必然的に働き、食料を摂取する。 生きがいの発見というものは妙な例え方をするなら声変わりと一緒で、いつかはやってくるものだけれど、稀にやってこない人もいる、同様に、生きがいが見つからずになぁなぁで生きている人もいる。 最近は、生きがいを見つけられない人が増えているのかもしれない。 だから、年々自殺してしまう人が増えているのかもしれない。 せっかく親から頂いた命を自ら奪うなんて、私からしたら全くもって信じられない。 生きがいを見つけられなくてもまだ生きている分、ニートの方が何倍もマシではないか。 いや、ニートとして生きることは全然悪くないことだと私は思う。 『働いたら負け』。 無慮に否定できる考えではないと思う。 生きがいを見つけられないのは仕方ないかもしれないけれど、だからといって生きていくために済し崩して的に働くのは嫌だ、というあまのじゃくもアリではないだろうか。 確かに働かないことは迷惑だ。 親や兄弟、あるいは親戚への経済的な負担にもなるし、世間体にも良くは見られない。 それでも生きていけるのであれば、それはそれで問題ないのではなかろうか。 むしろ、それだけ日本が飽食飽物の時代にあるということを体現している、皮肉って言うなれば経済進歩の副産物なのではないだろうか。 昔は"働かざる者食うべからず"なんて言葉が当たり前のようにまかり通っていた時代だったから、働かない人間は本当に追い出されたりもした。と思う。 ニートで溢れる今の日本で同じことをしたら、一体何人の人たちが路頭に迷うのだろう。 見殺しにされてしまうのかな。 愛の手は差し伸べられるのだろうか。 怖い。 私だって、十分ニートになってしまう可能性を秘めている。 無職になり収入がなくなれば飢え死にしてしまうけれど、最終手段として実家に戻ることだってできる。 そうすれば、少なくとも両親が健在でいる内は生きていられるだろう。 でも、今の私はそんな生き方は絶対に許さない。 ただ普通に育っていくだけでも親にはさんざん迷惑をかけ続けてきたというのに、独り立ちしてもなお親に迷惑をかけるだなんて、有り得ない。 自分が親になったときのことを考えれば、そう考えるのが普通なんじゃないかな。 もちろん小さい頃は子供は迷惑をかけるのが仕事みたいなものだから、存分に親を困らせてもいい。 ただ、親だって歳を食うのだ。 いくつまで迷惑をかけてもいいか、なんてくだらない線引きがあるはずはないし、それこそ個人のモラルの問題だけれど、大人になればなるほど一つの迷惑の度合いは増していくだろうし、逆に親は迷惑を受け止められる力が衰えていく。 親に育てられ、親を助ける。 人類誕生からずっと繰り返してきた、当たり前の関係ではないか。 なのに…。 あぁ、やっぱりニートはいけないかもしれない。 少しでもいい、働かなくちゃ。 生きがいを失ってニートとなり、ただ生活費ばかり嵩張って家計の負担になるだけのお荷物なら、自殺という手段で家計を助けようと考えるのも選択肢にないわけではない。 だけど、そんなことをして誰が喜ぶだろうか。 愛がなければとっくに命を絶たれているはずで、愛があるからこそ育ててくれたのだ。 例えお荷物なんかでも、生きていて欲しいと思うだろう。 そして真っ当に生きて、老後の世話をして欲しい。 自分も将来、そうして欲しいから。 育ててもらった恩を返すのだと思って、がんばらなくちゃいけないのだ。 私は全然まだまだ自分の生活で精一杯だけれど、いずれ両親と一緒に旅行に行ったり、老後にはお小遣いをあげたりもしたい。 本当にまだまだ先の話だけれど、なんか、楽しみだなぁ。 よし、がんばろうっ。 …ん? 何か忘れているような気がするのだが。 「聞いてますか?」 おおぅ。 そうだ、私は女の子に質問されたんだっけ。 「あっ、ごめんね、聞いてるよ。えーっと、生きるとは何か、だっけ?」 「はい」 「う〜ん…。私は頭悪いから、生きることがどうだとか考えたことってあんまりないけど、そうだね…、産まれたから生きる、かな」 「産まれたから?」 「うん。お母さんが痛い思いして産んでくれて、お財布的にも精神的にも辛い思いをして育ててくれたんだから、生きるのは当然かなって思うの」 「でも、私は産んでくれなんて頼んでないし、産むか産まないかなんて親の勝手なんだから、恩を返す義理なんてないと思う」 なんだろうこの子、喋りの切れ味が生半可なもんじゃない。 そんじょそこらの毒舌コメンテーターよりも冷徹だ。 この前のカードゲーム少年みたいにひねている方がまだかわいいのだけれど…。 「じゃあ、あなた…、えーっと、」 「三葉(みつば)です」 「あっ、ありがと。ちなみに私は優って言います」 一応名札はしているけれど、あまり大きな字ではないのでこの距離だと見づらいだろう。 「ありがとうございます」 しっかりとお礼をしてくれる姿には、小学校高学年以上の貫禄がある。 「それで、三葉ちゃんはお父さんやお母さんに、感謝の気持ちは―」 「ないです」 即答だった。 難しいお年頃、という曖昧な要素を鑑みてもこの反応は平常ではなかった。 せめて"小さい頃は"とか"ご飯を食べさせてくれることは"くらいは付いてくるものだとばかり思っていたが、普通な私が甘かったらしい。 「で、でも、今こうして三葉ちゃんがこうしてここにいられるのはご両親のおかげなんだし、」 「別に私がいてもいなくても同じことだし、むしろいない方が優さんの仕事の邪魔にならなかったはずです」 …この子は…。 「そんなことないよ。全然仕事の邪魔じゃないし、いてもいなくても同じだなんて、そんなことない」 「同じことです。私はただ、親の利得のために生かされているに過ぎないんです」 いくら現代の少年少女の歪みが悪化の一途を辿っているからといって、これはあまりにもひどいのではないか。 「優秀な一貫校を好成績で卒業して、外資系の一流企業に就職して、親が勝手に決めたイイトコロのお坊ちゃんと結婚すればいいだけの、人権のないただの駒です」 「三葉ちゃんっ!」 怒鳴り声を上げると、三葉ちゃんは少し身体をビクつかせた。 彼女もまた、ネガティブスパイラルか。 きっと、友達がいないのだろう。 友達をつくるヒマがないのだろう。 秀才がひしめく中での好成績を期待され、休み時間もひたすら予習復習、放課後は塾、休日も塾、春休みも夏休みも冬休みも塾、休めたのは三が日くらいなものかと思う。 ただでさえ子供が耐え切れるようなレベルにないプレッシャーを与え続けられ、誰かに相談しようにも周囲はライバルばかりで話にならず、祖父母や親戚も両親と同じ穴の狢。 吐き出すことのできないプレッシャーはストレスとなり、ストレスを発散するために何かしようとするが、目に見える発散は親の目に留まる、何をされるかわからない、怒られる、怖い。 やむを得ず、自らを責めるしかないのだ。 自分を責めることこそが、唯一のストレス発散なのだ。 自分なんかいなければいい、苦しい思いをしなくて済む、その先には自由が待っている。 自分をいじめることで、自己を否定し、自己の不遇を合理化しようとする。 そんな凄惨な状況が続けば、いずれ別の人格が生まれてしまうやもしれない。 不遇の下に生まれてしまったかわいそうな三葉ちゃんと、不遇に怒り狂う三葉ちゃん。 今でこそ彼女は律儀で冷静だけれど、何がきっかけで爆発してしまうかわからない、見えない導火線を持っている。 触れただけで爆発してしまいそうな、そんな静かな爆弾を抱えている。 本当は、もうギリギリなのかもしれない。 私の小さな怒鳴りに驚いたはずが、それでも彼女は言葉を続けた。 「現に今、私はこっそりと家を抜け出してここに来ています。かれこれ三時間は行方不明ですが、親が探している気配も捜索願が出た気配もありません」 「気配だなんて、そんなのわかるはず―」 「では優さん、今すぐ警察に電話して確認していただけませんか? 小此木(おこのぎ)三葉の捜索願は出ているか、と」 あぁいいでしょう今すぐにでも聞いてあげましょう捜索願が出ているかなんてそんなもの簡単に、 ―できない。 行方不明から三時間、まだ両親や近しい方たちだけで懸命に探しているという可能性も十分に考えられる。 しかし、それでは三葉ちゃんにとって好都合となってしまう。 捜索願が出されている確率の低い今の方が、彼女にとって都合がいいのだ。 実際に私が警察に電話で伺い、捜索願が出ていれば万々歳だが、もし、もし捜索願が出ていなかったとしたら、彼女の返す言葉など一つしかないのだ。 『ほら、やっぱり』。 それを材料に踏み台に、更なる強烈なネガティブスパイラルに陥るだろう。 たぶんもう、ヤケクソなのだ。 自分にはもう救われようがなくて、身の回りの全てが負の要素に思えて、本人も気付かない内に負の世界に埋没し、結果、やること成すこと全てがネガティブになってしまう。 どうせ私はもうダメなんだ、じゃあもっとダメになってやろう、という破滅の思考。 少し前、お店に誰も来なかった時の私の思考を何倍も濃厚に煮詰めたカンジ。 「どうしました? 電話代なら私が払いますから、」 「あのね三葉ちゃん、聞いて?」 カウンター越しの会話がわずらわしくなり、私もレジ前に出て膝を折ってしゃがむ。 さすがに十歳前後ともなると同じ高さの目線とはならず、少し上目遣いになってしまうが。 「三葉ちゃんは、どうしてここに来たの?」 「えっ…」 冷静に言葉をまくし立てていた三葉ちゃんが、明らかに戸惑った。 「ちょ…、ちょっと、喉が渇いたから、ジュースを…」 「ジュースくらいなら、自販機でも買えるよね。わざわざ手間のかかるコンビニで買ったりはしないと思うな」 やさしく言うが、三葉ちゃんはバツ悪そうに私から目線を外してたじろぐ。 「自販機が、見当たらなくて…」 「ウソ」 三葉ちゃんがビクッとなった。 「私、ご近所だからわかるの。三葉ちゃんがよっぽどのご近所さんだったらアレだけど、お店の近くにだって自動販売機いっぱいあるよ?」 「見逃しちゃった、のかな…」 「そっか、それはしょうがないよね。でも三葉ちゃん、歩きだよね? こんな時間だったら自販機の照明、すっごく目立つと思うけど」 「…そ、そう、さっきお店の前を通り過ぎようとして、いきなり喉の渇きを覚えて、」 「あぁ、なるほど。自販機のある所では喉は渇いてなかったんだ」 三葉ちゃんはうんうんと必死に頷いてみせた。 幼さ故の矛盾にも気付かずに。 「ところで三葉ちゃん」 「はい」 「ジュース、買わないの?」 「!」 戸惑い焦っていた時ですら変わらなかった三葉ちゃんの表情が、一気に悔しさと怒りをゴチャ混ぜにした表情に変わった。 「ほらそうやって! みんなアタシを迫害する! 何も悪いことなんかしてないのに、毎日死ぬ気でがんばってるのに!」 やっぱり、ギリギリだったんだ。 まだ年端も行かぬ可憐な少女だというのに。 この子は、独りだ。 親と同居していても、兄弟と同じ部屋にいても、学校にたくさんのクラスメイトがいても、 彼女は、ずっと独りで生きてきた。 「違うの三葉ちゃん、落ち着いてっ」 「何が違うのさ! たかだか小学生を言い包めて楽しい!? 勝ち誇ってるんでしょう!? どうせあなただって、アタシのことを頭のイっちゃってるかわいそうな電波女だとか思ってるんだ!」 「違う、違うの三葉ちゃん、お願い聞いてっ」 三葉ちゃんが取り乱し出したため落ち着かせようと手を掴もうとするが、 「さわんないでッ!」 手を弾かれ、明確に抵抗された。 もちろんその程度で怯む私ではないから何度も三葉ちゃんの手を掴もうとするけれど、すっかりキレてしまったのか、必死に掴まれんとしていた。 軽い取っ組み合いである。 「アタシは独りなの! 誰も、誰もアタシの人生に触っちゃいけないの! 生きようが死のうがアタシの―」 まどろっこしくなったので、動きを封じる意味も兼ねて三葉ちゃんに膝折のままガッシリと抱き付いた。 「イヤッ! 放して!」 それでもなお三葉ちゃんは暴れたけれど、そこは大人の包容力で封じ込める。 「これは私の勝手な予想なんだけど」 一呼吸置いて、 「三葉ちゃんはきっと、人が恋しかったんじゃないかな?」 わずかにも抵抗を続けていた三葉ちゃんが、完全に沈静化した。 「三葉ちゃんは大人だから、話してるだけじゃわかんなかったかもしれない。けど、お店に入ってすぐ私に話しかけてきたところでわかったの。この子は、寂しいんだな、って」 彼女は何も言い返さない。 「三葉ちゃんなら、わかるよね? 人付き合いがどんどん薄くなってっちゃう今の世の中で、コンビニの店員さんと生きることについて語らうなんて、まずないもの」 彼女は何も言い返さない。 否、言い返せない。 「なんでもいいから、誰かと話したかったんだよね? 親でも親戚でもない、自分を苦しめない第三者と話したかったんだよね?」 彼女は何か反応しようとするが、ただ小さく震えているだけだった。 「大丈夫、コンビニにはなんでも売ってるから。三葉ちゃんにだったら、いくらでもタダで売ってあげるッ」 突然、抱きしめていたはずの三葉ちゃんの身体がすっぽ抜けた。 彼女は脱力し切ってその場にペタリと座り込み、顔がぐしゃぐしゃになる手前だった。 これはマズイ、と彼女の顔を胸に抱くと、ひっしとしがみ付いてきて、それからわんわん泣き出した。 あぁ、制服洗ったばっかりなんだけどなぁ、とかどうでもいいことを考えながら三葉ちゃんの頭をやさしく撫で、涙をもらってしまっているのは言わずもがな。 これで彼女が自分を"独りじゃない"と感じてくれたのなら、私にとってそれ以上の幸せはない。 捜索願は出されていた。 行方不明になってから一時間、気が動転していた両親は何も考えずに警察に電話していたという。 三葉ちゃんが自宅に戻ると両親が玄関先で待っていて、絶対怒られると思っていたのに泣きながら怒られたそうだ。 まぁ、結局は怒られたのだけれど。 親の涙を初めて目にした三葉ちゃんが今回の件で得たもの、経験したものはあまりにも大きいだろう。 私が切腹の思いでおごってあげたバナナオレ、飲んでくれたかな? Back | ザ・コンビニ 48 |