| ザ・コンビニ 50 えー。 皆さんに、お知らせがあります。 この度当店は、閉店の運びとなりました。 閉店理由は至極簡単、経営不振。 深夜の売り上げはどこの競合店でも五十歩百歩の泣かず飛ばずだし、私も一応、売り上げに影響する部分ではそれなりにがんばってきたつもり。 どうも問題は、お昼の売り上げにあったらしい。 そもそもオーナーは怠慢の常習で有名だったけれど、最近は監視カメラのチェックだけでなく、仕入れ商品の選定や新規アルバイトの獲得も怠り、人材育成や経営面すら近親者やマネージャに丸投げだったという。 風の噂では体調不良で満足に動けない状況らしいが、どうだろう、あのオーナーでは疑わしい。 確かに近頃オーナーの姿を見かけなかったけれど、それはそれで一言連絡をくれればいいのだし。 そんなオーナーのおかげでお昼の売り上げはボロボロ、新商品は少ないわアルバイト店員の態度は悪いわで、競争社会真っ只中のコンビニエンス業界では稀に見る惨事だったそうだ。 経営については素人の私でも、そりゃ潰れて当然だ、と思う。 社会経済は常に流動体なのだから、必死に追いすがらなければ置いていかれ、腐ってしまう。 ウチの店も、腐ってしまった。 …ダメだったんだ。 大丈夫なのかな、危ないんじゃないか、と思ったことは何度もあった。 私がアルバイトとして入った頃よりも、目に見えて何かが衰えている気がしていた。 あの頃はもっと、勢いがあった。 あの頃のウチの店が、好きだった。 今でもまだ好きだけれど、もうあの頃の気持ちには戻れない。 こんなことになってしまったけれど、残念だけれど、仕方がない、私がこの店を選んだのだから。 今でこそ怠慢し放題のオーナーでも、すごくがんばっていた時期もあったし。 受け入れよう、運命を。 若干強烈な社会勉強だと思えばいい。 そう思えば、長かったアルバイト生活も報われるというものだ。 ―思い返せば、色々なことがあった。 初めて廃棄のお弁当を食べた時は、半分べそかいてたっけ。 今ではすっかり慣れてしまったけれど、当時は生活苦と重なって、すごく辛かった。 強盗紛いの男が強襲してきた時は、店に備え付けのゴム銃で撃退した。 コンビニのノウハウなんか全然わからなかった私に、先輩は細やか丁寧に教えてくれた。 台風の影響で停電して、真っ暗な店内で怖さのあまり動けなかったこともあった。 レジ打ちを間違えて、レシートのおつり表示が『\99,732』になってしまったり。 来客応対以外、ずっと居眠りしていた日もあった。 雑誌、何冊読んだかな。 ナイトブロードウォーカー戦記、まだ完結していないのに。 ―もっと、人間観察していたかったのに。 ちょっぴり…、ううん、ものすごく悲しい。 だからこそ今は、出来るだけのことをしたい。 最後の最後まで、せめて深夜、私が担当した時間だけでも、良いお店だったと思って欲しい。 良いお店だったと、みんなの記憶に残っていて欲しい。 閉店は翌日の昼シフト終了時だから、私の仕事は今日で最後。 これからのことはわからない。 でも今は、接客業として、ヒューマンウォッチャーとして、私の出来る最大限を尽くしたいと思う。 楽しかった。 救ってくれた。 ちょっぴり恥ずかしいけれど、このコンビニで体験した色々と、募る思いを胸に、 ―ありがとうございました。 ピンポーン。 髭男さんがご来店。 最後まで、この人の外見は変わらなかったなぁ。 珍しく、彼は店内を回らずまっすぐレジ前にやってきた。 「すいません」 「はい」 「花って、売ってますか」 …なんだって? 「花…、ですか?」 「はい」 「チューリップとか、ひまわりとかの、花…、ですか?」 「はい」 確かにコンビニは生物を多く扱っているけれど、魚は扱っていないし生花も扱っていない。 「すいません、造花だったらあるかもしれないんですけど、生花はちょっと…」 「わかりました」 それだけ言って、髭男さんは退店していった。 …あれ? 何かいつもとパターンが違うけれど。 いや、お客様に対してパターンなんて失礼だが。 …あっ! この前借りた小説を返すのを忘れていた。 半ば強引に貸していった物だったけれど、暇潰しには持ってこいだったし、まぁまぁおもしろかった。 内容が本当に『世界中を旅していた剣術に長ける自堕落なフェミニストが主人公のスペクタクルSFファンタジー』で、彼の言った通りで間違いなかった。 どうしよう、返却するタイミングを失ってしまった。 このままいわゆる"借りパク"をしてしまうのは申し訳ないが、かといって連絡のとり様もないし…。 仕方がない、もしかしたら昼シフトの時に取りに来るかもしれないから、引き継ぎの人にお願いしよう。 それでもダメなら私が預かっておく他ない。 ―しばらく来客がなかったので、件の小説を控え室の隠し場所から引っ張り出し、レジに出しっぱなしの椅子に座って立ち読みを始めた。 ピンポーン。 あっ、髭男さんだ。 読みながら、どうやって返そうかずっと頭に引っかかっていたのでホッとした。 …いや、全然ホッとなんかできなかった。 入店した髭男さんは、いつもの物静かで無表情な髭男さんと違い、息を切らしてゼェゼェ言っていた。 そして、彼の胸には溢れ返らんばかりの真っ赤なバラの花束が抱えられていた。 なんだろう、この光景。 髭男さんは肩で息をしたまま、驚いて立ち上がってしまっていた私の前、レジ前に歩いてきた。 「すいません」 「…はい」 髭男さんは抱えていたバラの花束を私に差し出しつつ、 「付き合ってください」 …なんだって? 前々から髭男さんは変わっているなとは思っていたけれど、ここまで変わっているとは思わなかった。 こんな深夜にいきなりバラの花束を持って、付き合ってください? そんな、韓国ドラマじゃないんだから。 そもそもこんな時間にこんな大量のバラ、どこから入手してきたのだろう。 というか今時告白にバラって、軽い時代錯誤ではなかろうか。 確かに花に関しては素人の私から見てもバラは綺麗だけれど、綺麗なバラには棘があるともいうし、何より古臭いカンジは否めない。 近頃は花言葉だとか誕生花だとか一つ趣向を凝らして選ぶのが流行りだと認識している。 それすらもありきたいだと言われたらそれまでだが、だからってバラはないだろうと思う。 しかもそんな、息まで切らして。 急ぐ必要があるのだろうか。 エネルギーの無駄ではなかろうか。 省エネの時代なのに。 それにまだ、お互いのことだって全然知らないのに一方的に想いを打ち明けるなんて勝手ではないか。 なんて変わった人だろう。 重そうで差し出している姿勢が辛そうだったのと、貧乏性故にもらえる物はもらっておこう精神が先走って花束は受け取ってしまったが。 こんな突飛で変人で不精髭で同じ服でくたびれて猫背で脱力した人に返す言葉など、決まっていた。 「…よろしく…、お願いします」 Back | あとがき |