ピンポーン。
 見た目も中身もチャラチャラしているカンジの若い男性三人組が訪れた。
 自動ドアが開いた瞬間から大声でお喋りし、立ち読みしながら大きな笑い声。
 売り物だから立ち読みするな、なんて私の口からは絶対に言えないけれど、最低限の扱いくらいはして欲しいものである。
 あーぁ、そんなにページを摘まんでめくったら折り目が付いちゃう。
 ゲラゲラ笑うから唾も飛ぶし。
 しまう時は乱暴にスコーンと音を立てるし。
 その後も大声で喋りながら目に入った商品を手に取って眺めては乱暴に戻し、唾を飛ばし、うるさい。
 今は別に体調不良でも睡眠不足でもないけれど所持金不足はあるけれど、この三人組は単純に"障り"なのでとっとと用事を済ませて帰って欲しい。
 一筋縄で帰りそうな人たちには見えないけれど。
 三人組の一人が持ったカゴがカウンターに置かれた。
 中身はゴチャゴチャで、潰れやすい物を上に乗せるだとかそういう配慮が一切見当たらないところは見た目通りの性格が窺える。
 三人組が大声で喋る中、黙々と精算をしていると、一人がやや小声―日常会話の声量だけれど―で隣の男性に耳打ちする。
 「なぁ、この子かわいくね?」
 「あっ、お前も?」
 「なになに、どしたん?」
 「いや、この子かわいくねー?って」
 「えー、俺彼女一筋だし…」
 「知らねーよ!」
 耳打ち段階から全て丸聞こえなのは言わずもがな。
 「ねぇねぇ、もしかして女子大生?」
 耳打ちさんが精算のため下目に向いている私の顔を覗き込むにしながら問う。
 「すいません、仕事中ですので…」
 「えー、いいじゃんいいじゃん、たまにゃ息抜きしたって誰も文句言わないっしょー?」
 「監視カメラ、撮ってますから」
 「うげー、手厳しいでやんの…」
 撮っているのは本当だけれど、チェックはしていないので確かに文句は言われない。
 「じゃあさ、ケー番教えてよ! 仕事終わってからかけるからさ!」
 と、耳打ちをされた真ん中の男性が訊いてくる。
 「すいません、ケータイ持ってないんです」
 「えっ、ウッソだぁ! そんな謙遜しなくていいってぇ!」
 拒否のためではなく本当に持っていないから余計に腹が立つ。
 「んじゃさ、仕事終わったら遊ぼうよ! 俺んチ近いしさ!」
 「すいません、用事があるので…」
 「こんな時間に用事なんかあるわけないじゃん! それともアレ? カレシんチ泊まり?」
 もう応対するのも面倒になってきたので流すことにした。
 「バカ、彼女スネちゃったじゃんかよ、バカ」
 耳打ちさんが肘で真ん中さんを小突きまくる。
 「二回もバカって言うなよバカ」
 「2530円です」
 小計を終えて金額を言うと、不参加だった彼女一筋さんがおもむろに財布を出して諭吉で支払った。
 諭吉に負けじと真ん中さん、
 「じゃ名前だけでも教えてよ! ね!? 名前くらいいっしょ!?」
 「すいません」
 謝るだけ。
 名札は常時身に付けていなければいけない決まりだが、彼らの入店時に嫌な予感がしたので目を盗んでこっそり外しておいた。
 よっしゃ、成功。
 「ちぇ~っ」
 「下心出し過ぎなんだよバカ」
 「うっせ」
 彼女一筋さんにおつりを返し、若干凹みがちだった真ん中さんもケロッといつもの調子に戻り、
 「バイバ~イ」
 などと手を振りながら元気な顔で他の二人と一緒に出口に向かっていった。
 「あっ!」
 真ん中さん、さらに大きな声を出す。
 「ねぇねぇ彼女!」
 「はい?」
 迫真の表情で尋ねてくるものだから応答してみると、
 「スマイルひとつッ!」
 カチン。
 無意識に睨んでいたらしく、
 「お~こわっ」
 真ん中さんは肩を竦ませて退店していった。
 こういうことがあると、まったくこれだから男ってのは、なんて思ってしまう。
 一応過去に男性とお付き合いをした経験がある私だから、そう易々と全ての男を悪とはしないけれど、やはり接客業という性質上ああいった手合いの男性と遭遇する機会は多いし、絡まれる可能性も決して低くない。
 そもそもやさしい男性が絡んできたりするわけがないから心証が強くなるのも当たり前なのだけれど。
 しかし私も慣れたもので、最後のスマイルの不意打ちを除けばうまく攻略できていたと思う。
 最初に明らかな拒否を示しておけば相手がどんなに悲惨な成績表の方でも取り合う気がないのだと感付くだろうし、あとは適当にあしらってから無視を決め込めばいい。
 お水じゃないのだから私に会話する義務はないし、相手が引かなかったら近所にいるオーナーを呼び出すか警察に連絡してしまえばいい。
 申し訳程度でも護身用道具は備えてあるから抜かりはない。
 大方ちゃんと扱えなくて返り討ちに遭うのがヤマだろうけれど。
 向こうからしたらただ気まぐれでからかっているだけなのだろうが、こちらは相当に不快なのだ。
 それに気付けないのは相手の痛みがわからないから…、否、わかろうとしていない証拠。
 その痛みがもしかしたらいずれ自分に返ってくるかもしれないというのに、自分本位の行動で他人に迷惑をかけるなんて最低だ。
 こっちがちょっとのことでは抵抗できない立場にいると知っていて茶化すのだからなおさらタチが悪い。
 私だってプライベートだったら普通に堂々と拒否抵抗を見せるし、悪質なら警察に突き出す覚悟も…少し、ある。
 きっと、そういう客の我慢料も時給に含まれているのだろうと考えればなんとなく納得できるし。
 さっさと諦めて帰ってくれたから、まぁ、いいか。
 …それに。
 かわいい、って言ってくれたし…。