ON AIR ! #03

 「雨です!」
 その日のラジオは、雨天の実況から始まった。
 「ザブザブ降ってやがります! しかも暑い! ジメジメ! サイテー!」
 天気の神様が実在したとするならば、すでに赤木の命はない。
 「でも、そんな不快指数を一気に吹き飛ばすこの番組、Youth to Youth! 雨に負けじと30分、よろしくぅ!」
 今日は朝から雨が降り始め、夏の湿度を底上げしていた。
 晴れやかな一日を送らんと意気込み登校する生徒たちを直撃した雨は、生気を奪い、倦怠感が学校全体を覆い尽くし、負のオーラがさらに生気を奪うという悪循環を起こしていた。
 恵みの雨とよく言うが、赤木の言う通り、生徒たちにとっては"サイテー"なものである。
 だが、皆が皆陰鬱に陥っていては埒が明かず、誰かが何かがそれを打破しなければならない。
 それは先生であったり親であったり、ゲームであったりラジオだったりする。
 赤木とて人の子、右に同じく内心とてつもなくだるいが、それを表に出すわけにはいかない。
 むしろ、大好きなラジオを通してみんなに元気を与えられるということは、赤木にとって本望だった。
 「え〜、今日のゲストはですね、ナントこの雨の中、傘も差さ…ないわけないか…お越し下さいました! 犬小屋から東京タワーまでドンと来い、頼れる町の大工さん、千内工務店の棟梁、望月文雄さんです!」
 「いやぁ〜どーもどーも、ご紹介に預かった望月です」
 毎週金曜日は、千内町民の中から選び抜かれた一名をゲストに招いて質問するコーナー、その名も『ゲスト対談』が催される。本日のゲストに招かれた望月文雄は、白髪混じりの角刈り、棟梁だけあって筋肉質だが、ニッカポッカにシャツ一枚と、ちょっくら仕事を抜けてきましたとその容姿が飄々と語っていた。
 「ってかよアンちゃん、さぁすがに東京タワーはなかんべぇ」
 「いやいや何をおっしゃいますか、おやっさんなら朝飯前でしょう?」
 「バ〜カ言うんじゃねぇって、ウチがこさえられんのは宇宙ステーションまでって決まってんだ」
 「えっ、じゃあ戦艦ヤマトなんかちょちょいのちょいですか!?」
 「おぅよ! 波動砲なんか二個でも三個でも付けたるわ!」
 予想以上の食い付きに焦った赤木はコホンとひとつ咳払い、
 「えー、そんな宇宙並みのスケールをお持ちの望月さんですが、先日新しい機材を購入されたそうで」
 「そう、そうだよ、聞いてくれよアンちゃん、いやぁウチもおかげ様でひいきにしてもらって結構儲けさせてもらってるんだけど、ウチの手合いどもが新しいの買え買えってうるさくってよぉ、オレぁできれば給料の方に回してやりてぇっても、給料はいんねぇから設備に回せって言いやがるんだわ。な〜んか複雑な気持ちになっちまったけど、みんながそうしてぇってんならそうした方がいんだべか〜思って、ドーンと買っちまったんだ。みんなも喜んでくれたんだが、な〜んかなぁ…」
 「そうですねぇ…。ボクが社員の皆さんとおんなじ立場だったら、やっぱり同じ意見だと思いますよ」
 「ほぉ〜。そりゃあまた、何故に?」
 「う〜ん、なんて言ったらいいかな…。確かにお金も大事ですけど、機材とか道具とかって、毎日使うもんじゃないですか。古い物を長く丁寧に使うのも大切なことだけど、新しい物が来るとなんだか現場が活気付くし、何より作業効率が上がって、業績もさらにイイカンジになるんじゃないかな〜なんて思ったりして…。あとホラ、仕事が円滑に進めば、なんていうか、ヘンなストレスとかもなくなって、人間関係もクリーンになるかなぁ、なんて…」
 煮え切らない語調は気にはなったが、赤木の意見には納得がいったようで、
 「わっはっはっは! そうだよなぁ、べっつに悪いことしたんじゃねぇしなぁ! なーに似合わねぇ落ち込み方してんだかな、アンちゃんのおかげでスッキリした! やっぱプロってな違うねぇ!」
 「いやぁそんな、ココもそうなったらいいなぁ、って思っただけですって」
 赤木は言うが、その実、給料など端からないのだから設備のことしか頭にないのである。
 「それでですね望月さん、今日はいくつか質問がありまして」
 「おぅおぅ、なんでも聞いてちょうだいな」
 「では、まずひとつ目の質問から―」

 一方その頃、千内高校2-Bの教室。
 「あっ、そうそう聞いて聞いて! 昨日インターネットで調べてたらさ、シャニーズにココの出身がいるらしいよ!」
 「ウッソォ!? こんなド田舎から!?」
 「ド田舎ってアンタ、南条クンなんて島出身じゃないの」
 「島は島でも島国でしょアッチは!」
 「国って、琉球時代じゃん…」
 「んで美咲、それなんてコなの!?」
 「うん、柏クンっていうんだけど、卒業したのが…」
 「…いつよ?」
 「10年前」
 「はぁ〜!? なーんだ、もうとっくにやめちゃってるんじゃん、ガッカリ…」
 昼休み、女子の友人グループが机をつなげて囲み、ともに昼食を摂っている。
 彼女らはご多分に漏れず売れっ子アイドルにお熱で、今日もその話題で華を咲かせていた。
 歌番組に出演していたのを見た見てない、雑誌の切り抜きを持ち寄る、独自に仕入れた情報をひけらかす等々、彼女らの談笑に話題が尽きることはない。
 そんな浮付いた輪の中に、望月ひかるは混じっていた。
 厳密に言えば、輪の外べりにくっついている感じである。
 彼女は、年頃の女子が一様に食指を動かす"イケメン"だとか"アイドル"だとかに、全く一切これっぽっちも興味がなかった。男性に興味がないのではなく、明らかにモテ顔の男がテレビや雑誌に出てるのを見て何がおもしろいんだ、と考えている。あんなものは全て仕組まれたものであり、大人たちが我々から金を搾り取るためにだまくらかしているに過ぎないのだ。男と女はもっと劇的な出会いによって―
 などと語る気力すら失うほどに、ひかるは呆れていた。
 アイドル関連の話題さえなければ皆楽しく、とても気の合う友人たちなのだが、昼休みの間はただ耐えるしかない。
 一年生の頃はアイドルに興味のない友達もいたが、昇級の際にクラスが別になってしまい、今に至っている。
 「ねぇねぇモッチー、こん中だったらどのコがいい?」
 モッチーこと望月ひかるは、反対側に座っている女子から開いた雑誌を差し出された。ページには『街で見つけたシャニーズ予備軍たち!』と書かれている。ひかるがそのテの話に興味がないことは皆知っていたが、こと男に関して興味が全くないわけではないだろうと踏んで、あくまで一般人の中から選ばせようとしていた。
 あまり乗り気しないひかるだが、別に損をするわけでもなしと割り切り、男子たちが立ち並ぶ雑誌に視線を巡らせた。
 と、
 『―雨です!』
 本日のラジオ放送が始まった。
 「赤木クン、最近アタシのハガキ読んでくれないんだよね〜…」
 「倍率高いもん、当たり前だしょ」
 「そういえば、赤木ってどうなん?」
 「どうって?」
 「そりゃ、男として」
 「う〜ん…、告られたら付き合ってもいいかなぁ〜、ってカンジ?」
 「アタシはパスかなぁ。ラジオはいいけど、ウラでは貧弱そうじゃない?」
 「あたしは菊池クン派だな〜」
 「「「はぁー!?」」」
 などと話が盛り上がっている最中も、ひかるは口に入れた唐揚げを咀嚼しながら雑誌を眺めていた。若干引いてはいたが、まんざらでもないようである。
 『え〜、今日のゲストはですね、ナントこの雨の中、傘も差さ…ないわけないか…お越し下さいました!』
 おっ、コイツはまぁまぁかも。あ、でも鼻ピアス…。
 『犬小屋から東京タワーまでドンと来い、頼れる町の大工さん、千内工務店の棟梁、』
 …ん?
 『望月文雄さんです!』
 ブッ。
 咀嚼物を、雑誌上に豪快に吹いた。
 「うぎゃー!? モモ、モッチー、何やってんの!?」
 「あれ? ねぇ、モッチーんチって大工さんじゃなかったっけ?」
 「それに、望月って言ってたよねぇ?」
 『いやぁ〜どーもどーも、ご紹介に預かった望月です』
 紛れもなく、ひかるの父親だった。
 千内工務店の棟梁にしてひかるの父、望月文雄その人だった。
 今日のことについて何も聞かされておらず、寝耳に水、いや熱湯である。そういえ最近、父親が珍しく学校のことを聞いてきたりしていたが、まさかこういうことだとは予想だにしなかった。図られた。
 『えっ、じゃあ戦艦ヤマトなんかちょちょいのちょいですか!?』
 『おぅよ! 波動砲なんか二個でも三個でも付けたるわ!』
 恥ずかしい。
 「あはははっ! おもしろいね、モッチーのお父さん!」
 「えっマジで!? コレ望月の父ちゃん!?」
 男子まで興味津々だ。恥ずかしい。
 「ねぇねぇ、これひかるのお父さんだよね!?」
 別のクラスになった友達まで弁当を抱えて走ってきた。超恥ずかしい。
 ひかると文雄の中は、良くもなく悪くもないといった程度で、食事時にちょっとした世間話をする程度。物を投げつけあう犬猿の仲でも、一緒に浴槽を共にするいきすぎた仲でもない。昔はよく遊園地に連れていってもらったりしていたが、誰もが通る茨の道、思春期の頃からぎくしゃくした付き合いになり、今ではちょっと距離を置いた親子関係に落ち着いている。
 もちろん育ててくれていることには感謝しているし、いつかは昔のように堂々とした親子付き合いができるのだと思うが、今はまだ難しい年頃なのである。
 そんなプチナイーブで微妙な年頃の娘を前にして、当の本人望月文雄は、
 『わっはっはっは!』
 笑っていた。
 ひかるの手は、わなわな震えていた。

 「―っかそっか、み〜んな考えてることはおんなじってぇわけだな、わっはっは」
 「そうなんですよね〜。…それでですね望月さん、残念ながらお時間が迫っとりまして…」
 「おぉ、もうそんなに経ったかい、いやぁ〜アンちゃんと喋ってると時間を忘れちまうねぇ。…っていけね、これみんな聞いてんだっけな、すっかし忘れてた。千内の皆さんっ、こんなオヤジの話に付き合ってくれて、ありがとやんした! アンちゃんも、今日は楽しかった! 今度一緒に酒でも飲もうや!」
 「あっ、いやぁ、気持ちは嬉しいんですけど、まだちょっとばかし歳が足りないもんで…」
 「おっと、そうっけなぁ、あんまり口達者なもんだからとっくに成人してるもんだと思ってたわ、わっはっは」
 「それでは望月さん、最後に一言お願いしますっ」
 「うむ」
 望月文雄はゴホンと一つ咳払いし、
 「我が千内工務店では、犬小屋から"宇宙ステーション"までなんでも請け負っとります! お値段も要相談ですんで、ご用命の際はお気軽にお電話くださいっ!」
 と広報活動もバッチリ済ませてから、
 「あともう一つ、」

 食後、ひかるはひとりで食休みをしていた。
 『うぉーいひかる〜、聴いてるかぁ〜?』
 ひかるのこめかみに青筋が立った。
 『勉強がんばれよぉ〜、今日はゴチソウだぞぉ〜い』
 学校中に張り巡らされたスピーカ網のおかげでどうせイヤでも聴かねばならないのだから、と気を紛らわすために先ほどの雑誌を丁寧に拭いて(無論謝ってから)貸してもらって流し読みしていたのだが、
 『彼氏がいたら紹介するんだぞぉ〜』
 ビリリ。
 「うぎゃー!? モモ、モッチー、新手のイジメぇ〜!?」
 ページをめくろうと端を摘んでいた指にあらぬ力が入ってしまい、しかも絶妙な力加減だったため、ページは真っ二つに破れた。
 『望月さん、ありがとうございました!』
 『失礼しやしたー』
 ひかるは思う。
 帰ったら、シメる。
 『それでは本日のナンバー、ミサキーヌさんのリクエスト、ドットカラーズで、ヒゲキ』

 千内高校ラジオ部では週一回金曜日の放課後、放送室において部会議を行っている。翌一週間分の放送内容はこの会議でまとめて話し合われ、決定される。また、リスナーからのリクエストの選曲も部会議の仕事の一つである。
 「っかし夏の雨ってだりぃなー…」
 「カンカン照りよりはいいだろ」
 「どっちもヤだよぅ…」
 赤木のわがままを菊池が諭し、
 「じゃあ、つぶあんとこしあんどっちがいい?」
 唐突で脈絡のない須田の質問にも唐突に答える。
 「つぶあんっしょ!」
 「俺はこしあんだな」
 「アタシもこしあん」
 こうして意見が割れると、大概あぶれるのは赤木だった。
 「だってこしあんってさ、食感ないじゃん? あのつぶあんのプチプチ感がいんじゃんかしー」
 「あずきの皮が歯に挟まって気持ち悪いことこの上ないな」
 「右に同じっ」
 「うぅ〜…」
 部会議などと名前こそ堅苦しいが、その実報告を兼ねた座談会のようなもので、ひどい時は本題を数分で片付け、大半を雑談で潰してしまうこともある。それだけ部員同士の仲が良いという表れでもあるが、考えものである。
 とその時、放送室のドアがおもむろに開けられた。
 「いいよなぁお前ら、俺様がこんな目に遭ってるってのに…」
 現れたのは、雨ガッパごとびしょ濡れになった男だった。
 「うわっ!? お前、傘は!?」
 「バッカ、バイクで傘差せるかっつの」
 「…あー。それもそっだな」
 赤木のバカっぷりを軽くあしらうと、須田がタオルを持って濡れ男のそばに寄っていった。
 「お疲れ様っ」
 「おーぅマイハニー、キミの笑顔で僕の疲れブハッ」
 須田のタオル魔球を顔面に受け、濡れ男はやれやれだった。
 「ホイ、今日の収穫っと」
 濡れ男は右手に持っていた防水性のビニール袋から、サッカーボールより一回りほど大きいくらいに膨らんだ麻袋を取り出して会議用に連結した机の上に置いた。
 「悪いな江藤、雨の日に」
 「いやイっすよブチョー、雨の日のライディングも捨てたモンじゃないし」
 「まぁ、コケてハガキを泡にしてくれた場合のお礼も考えてあるし、本人が楽しんでるなら一石二鳥だな、わっはっは」
 「…こ、こえぇ…
 望月文雄のキャラクターが若干写り気味な部長は、あくまで部長として部員を戒めたまでである、と豪語する。
 彼の名は江藤。名前はまだない。二年生。
 ラジオ部の準部員であり、ラジオ部投稿専用の投函ポスト、緑ポストの回収員として働いている。
 雨の日だろうが風の日だろうが、毎週金曜放課後に原付バイクを駆り出して千内町内を走り回っているのだ。
 都合により江藤が回収に出られない場合のみ顧問の松本が代行するが、物凄く面倒くさそうな顔をするらしい。
 ちなみに、千内高校では原付バイクの免許を取ることも、原付バイクに乗ることも許可していない。
 が、江藤は毎日バリバリ乗っているし、登下校も原付バイクだ。
 これは、ラジオ部員のみに与えられる最大の役得、『学生特権』の恩恵だった。
 江藤は準部員であるため、回収員としてラジオ部を補助するという条件の下で免許の取得、運転を許可されている。他の三人とは違い昼休みを犠牲にしていないため、あくまでも条件付なのだ。
 では、昼休みを返上してまで部活動に従事する彼ら彼女正部員に与えられる役得とは、一体どんなものなのか。
 簡単に言えば、『超法規的措置』である。
 普通、学生はまず人として法律に縛られ、学生として校則に縛られ、さらに常識や社会通念等に縛られる。
 その内の一つである"校則"に、三人は縛られていない。
 と言うと三人には一切の校則が通用しないように聞こえてしまうが、そうではない。
 彼ら彼女の役得はこうである。

 『法に反さず、常軌を逸さず、職員の合議によって認可された場合のみ、それは校則の限りではない』

 ようするに、一部の校則を放免してもらえるのだ。
 ラジオ部では一切の勧誘は行わず、歴代部員を含め皆自主的に入部を希望しており、それは昼休みを犠牲にすることを覚悟した上でのことだとはわかっているが、だとしても、自ら望んだとはいえ昼休みという貴重な時間を一年間も失うというのは、彼らは顔にも口にも出さないが、色々な意味ですごいことなのではないのか。
 ましてや彼らの働きでわずかながらも収入を得ている学校側としては、何も報酬を与えないのは心苦しい、と一部の職員から提起がなされ、全職員での会議の場が持たれることとなった。
 無論、学生特権の採用には反対派も存在し、特権を目当てに入部を希望する生徒たちが溢れ混乱を来たすのを危惧する声もあったし、そもそも部員は昼休みの返上を覚悟の上で入部しているのだからそんなものは論外だ、という声もあった。だが、賛成派の声も強く、今から一年間昼休みがなくなることになったらどう思うかなど、双方とも強気の姿勢だった。
 そして一ヶ月の話し合いの末に、学生特権は承認された。
 各部員は一度限り利用でき、許可の是非は職員会議の場で決定される、という条件で。
 学生特権が採用されたのはラジオ部創設から数年後であり、初期の部員には学生特権が存在しなかった、それでも当時の部員たちは常に活き活きとし、充実していたという。
 心の底からラジオ部への入部を希望している生徒は学生特権などオマケ程度にしか思っていないらしく、賛成派反対派を問わず、職員らを安堵させる材料ともなった。
 採用から紆余曲折、様々な変更を加えつつも、現在に至るまで学生特権は適用され続けている。
 現部員三人にも学生特権利用の権利は当然あり、その代表格ともなっているのが、赤木の茶髪である。
 赤木はこの提案を顧問を通じて申請した際に、染髪の許可なんて議題が出たら会議も長引いてそのツケが授業の怠慢につながろうだろうなウッシッシ、などと考えていたようだが、儚くもわずか二日で承認されてしまった。
 これは赤木の与り知らぬ所だが、過去にはもっとえげつない特権の使い方があったようで、染髪程度なら会議ナシで許可してもいいのでは、という扱いだったらしい。
 染髪後の初登校では生徒職員にこそ注目されたが、町では学生が染髪するとは何事か、と目くじらを立てる町民も少なくなかった。だが、ラジオ放送を聴くにつれ赤木悠大の人となりが浸透し始め、彼の人を惹きつけるセンスが徐々に彼の茶髪への理解を示し出し、今ではすっかり赤木は茶髪の人として定着してしまい、茶髪に反応する町民はほぼ無に等しかった。
 なお、彼に染髪の理由を問うと必ずこの答えが返ってくる。
 『青春』
 と。
 「そんじゃー俺帰って寝るわ。お先〜」
 仕事を終えた江藤は足早に放送室を退室し、背中に別れの挨拶を受けて去っていった。
 「んじゃ、選別するか」
 「「おぅ!」」
 菊池の声に、気合を入れるかのように赤木と須田が応じた。
 江藤が届けた袋の中身を開けると、大量の便箋、数はないがチラシの裏やメモ用紙、官製ハガキなどが入っていた。
 これらは全て、ラジオ部にて募集している各コーナーに対する便りである。
 これらをおよそ三分割して分担し、各々が全ての便りに目を通す。気になった便りは選出され、全てに目を通し終えたところで各々が選出した便りを集め、話し合いによる最終的な選別となる。
 この選別によって翌週に採用される便りを決定するのだが、嬉しい悲鳴とも言うべき応募の多さに、明日は昼まで起きないだろうと覚悟する。赤木と須田が気合を入れるのも頷けた。
 「赤木」
 「はいはい?」
 「コレ、お前の母親だろ」
 「はぁ!?」
 菊池が差し出した便箋をぶんどった赤木は、ラジオネームの欄をすぐさま発見し、確認する。
 「…ゆうちゃんの、マミー…」
 「あははっ」
 その名前を聞いて、須田が笑った。
 「却下! ずぇーったいに却下!」
 「えぇ〜、いいじゃない、親孝行だと思って」
 「誰がなんと言おうと部長権限で選ぼうと読むのはオレであって却下ったら却下ッ!」
 「何かやましいことでもあるのかね赤木悠大クン」
 「ないっ! 断じてないっ!」
 「慌て方がますます怪しいな」
 「うぐっ…」
 しかし赤木は不敵な笑みへと突如変貌し、
 「いいんですか部長」
 「…何が」
 「読みますよ、アレ」
 「―なっ!? お前、まだ持ってたのか!」
 「はて、なんのことでござんしょ?」
 「くっ…、部長を謀るとは…」
 そんな三文芝居を楽しく傍観していた須田だったが、腕時計を見て我に返った。
 「ねぇねぇ、早く決めちゃおうよ。アタシこれから返却もあるし、シナリオも書かなきゃ」
 「あ、あぁ、そうだな、悪い」
 「んでも大体は絞れたし、あとはオレが巻いて稼ぐから、とりあえずこんなんでいんじゃね?」
 赤木の提案に二人とも賛同、選別した便りを棚にしまい、落選した便りは紙袋に入れた。
 残念ながら落選してしまった便りはこの専用紙袋に入れられ、後日まとめて古紙回収に出される。昔は倉庫に保管していたらしいが、年々増える投稿数に倉庫の広さが間に合わず、やむなく廃棄されることとなった。実際、保管しておいても容積を食うだけで一度も再利用されることはなかったのだが、全て人の手によって書かれ、寄せられた物だと思うと捨てるに捨てられなかったそうだ。
 「んじゃ、打ち合わせは以上で終わるけど、何か質問とか、」
 「部長!」
 いつものように菊池の終了宣言で終わるかと思いきや、若干切り上げたがっていたはずの須田が挙手した。
 「ん?」
 「あのですね、ちょっと提案がありまして」
 「うん、聞こうじゃないか」
 「提案っていうのは、ズバリっ、新コーナーについてなんですけど」
 「ほほぅ。して、内容は?」
 「えーっと…、恋愛相談なんてどうかなぁ〜、と」
 「なるほど、恋愛相談か。いいかもしれないな。年配のリスナーにはちと縁遠いかもしれんが、恋をしない人間なんてまずいないし、ぶっちゃけ木曜にはそろそろテコ入れが必要だと思ってたところだ」
 「ですよねっ! 友達もみんなやって欲しいって言ってるし、学生生活も潤うこと間違いなしっ!」
 木曜日の企画は現在『大好き千内!』という、千内町の"良い所"を募るコーナーで、今年度の初放送から続いていた企画だったが、さすがに弾切れ感は否めず、さしもの赤木のフォローも難しくなっているのが現状だった。
 何か名案はないものかと菊池が考えてあぐねていたところに須田の提案があったため、これは好機と踏んだろう。
 が、
 「…ちょっと待った」
 前向きな空気にタンマを入れたのは、提案に関して一言も口を出さなかった赤木だった。
 「なんだ?」
 「それ、読むのも答えるのもオレ…だよね?」
 「もちろんだが」
 「その提案には断固反対しますっ!」
 立ち上がって机に両手をバンと叩き付け、赤木は反意を唱えた。
 「何か問題でもあるの?」
 「明、お前謀ったろ」
 「ううん、全然」
 さすがは脚本家だけあって演技と計略に長けるな…なんて、冷静に分析している場合ではない。
 「部長、オレだってラジオ部員の一人として、意見する立場にあると思います!」
 「ま、まぁ、それはごもっともなんだが…。いいのか?」
 「?」
 「多数決にしても」
 「げっ…!」
 この時点で、赤木の敗北は確定した。
 「じゃあ、この件は来週に詰めることにして、本日の打ち合わせは以上っ」
 「お疲れ様でした〜」
 「…おつ…」

 昇降口。
 靴を履いてから、赤木は思い出してしまった。
 傘がない。
 今朝は雨よりも遅刻を免れることで頭がいっぱいだったため、すっかり失念してしまっていた。
 今すぐ帰りたいところだが、部活で残っている友人は屋内活動だったらまだまだ帰らないだろうし、屋外活動は不可能なためすでに帰宅してしまっているだろう。
 さっきの件といい、ツイてないなぁ、と赤木は嘆いた。
 そこへ、救世主が現れた。
 「おぉ、明!」
 「あれ? もしかして、傘忘れた?」
 「いやぁ〜須田さん気が利きますなぁ〜私めなどを同傘の下にアレ」
 手の平を擦り合わせながら須田に相合傘の協力を求めた赤木だったが、須田は耳も貸さずに靴を履いて出口に向かっていった。
 「ちょっ、そんな殺生なぁ…」
 その言葉に反応した須田は踵を返し、微笑みながら、
 「返却しに行かなきゃいけないし、どうせ途中で別れるんだから意味ないでしょ?」
 あくまでやさしく、ゆるやかな口調で言う。
 「それに、」
 だが、
 「殺生なのは…、どっち?」
 スネるような、少し怒った風に言って、須田は傘を開いて去っていった。
 ポツンと独り取り残された赤木は、去っていく須田の背中をボーっと見つめていた。
 「…まだ、怒ってんのかな…」
 その瞳は、ややの寂寥の色を見せていた。
 そして、廊下と昇降口の段差に座り込み、赤木は叫ぶ。
 「帰りてぇよぉー…」

 菊池はひとり部室に残り、机に向かい残務を片付けていた。
 夏の空が夕日に落ち、そろそろ電気を点けようかと立ち上がった時、胸ポケットの携帯電話が振動し出した。菊池が気付いて胸ポケットから携帯電話を取り出し、背面画面で確認すると、折りたたみの本体を開いて電話に出る。
 「はい、菊池です。…いえ、こちらこそすいません、お礼の電話が遅れてしまって。…あっ、いえ、ホントに大丈夫ですから、どうかお気遣いなく。…えぇ、恥ずかしながら自慢の部員ですよ。…いや、ですから未成年…いや、ホントに…。…はい、助かります。…こちらこそ、今日は本当にありがとうございました。…はい、失礼します」
 相手が電話を切ったのを確認すると、携帯電話を閉じ、軽く息を吐いて胸ポケットにしまった。
 どちらかといえば、自ら進んで部長に立候補したわけではなかった。
 ただ、ラジオ部マジックによって集まった三人が初めて放送室で顔を合わせた時、あぁ、俺が部長になってしまうんだろうな、と察してしまう自分がいた。
 昔から音楽が好きで、ラジオから流れてくるノイズ混じりの音楽を聴くのが特に好きだった。
 CDを買おうにも店が近所になく、小遣いも少なかった幼少時代は、家にあったラジオが唯一の媒体だった。
 行動範囲が増え、小遣いもCDが購入できるほどに増した頃になっても、ラジオは毎日聴いていた。
 CDから奏でられるノイズレスのフラットな音もいい。けれど、ラジオのノイズに勝るものではなかった。
 "DJ"なんていうスカした肩書きなんていらなかった。ただ単に、ミキサーをいじりたいと思った。
 ラジオ部の存在を知って千内高校に入学し、憧れのラジオ放送を毎日聴きながら、一年間我慢した。
 ラジオ部に入りたい、そう顧問に告げると入部届けを書かされ、あっさりと受理された。
 毎日ミキサーを触れる嬉しさに比べたら、昼休みを捨てることなんて屁でもなかった。
 部員同士の初めての顔合わせの時、どうやら他の二人は顔見知りらしく、顔に出さなくてもわかるくらいに挙措がぎこちなかった。菊池は二人とは初対面であった(廊下で見かけた程度なら多々あったが)。
 それぞれの役職はラジオ部マジックによってすぐに決まり、赤木がパーソナリティ、菊池がミキサー、須田がサポートと脚本となった。
 そして、部長の選出。
 菊池はすぐに立候補し、賛成一致で菊池部長が誕生した。
 この時、菊池は恐ろしいまでに自分を呪った。
 赤木は務まらなそうだし、須田は部長向きではない、では残った部員の―
 別に推察力が強いと自負した覚えはないが、この時の菊池の人格推察はほぼ正当であり、ようは思った通りの人たちだった、ということ。
 さらに呪ったのは、自らの隠されたリーダーシップというか正義感というか、誰もやらないなら俺が、という"究極の面倒くさがり"だ。リーダーとして仕事をこなすのは面倒だが、誰もやらずにだらだらとくすぶるのはもっと面倒で、だったら自分がやってしまえばいい、という境地に至ったのである。
 しかも最悪なことに、請け負ってしまったからには貫徹を通さねばなるまい、という生真面目性だった。
 なし崩し的に部長になって(されて)しまった菊池だったが、後悔という感情は一度も感じたことがなかった。
 ラジオに携われるんだから、いっか。
 楽天的な自分は、呪わなかった。
 なお、千内高校では携帯電話の持ち込み及び使用を禁止している。
 が、菊池は毎日バリバリ使っている。
 菊池の学生特権は『携帯電話』。
 ただ、菊池は私用よりも公用(部活運営上のやりとり)で携帯電話を必要とするパターンがほとんどなため、実質江藤のような条件付き特権とさしたる差異はなかった。元より本人もオマケ程度にしか思っていない。
 残務整理を終え、荷物をまとめて放送室を退室、帰宅のため昇降口に向か
 「ぶちょおぉ〜…」
 …部長やめようか…。

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