「おらぁ進藤(しんどう)!根性足りねぇぞ!!もっとキバって行け!」
「そんなムチャな…もう1時間もスパイク撃ちっぱなしですよぉ…」
「何を甘ったれとるくゎ!強くなりたいなら練習、それくらいわかっとろうが!!」
「は~い…」

ったく…ウチの顧問は鬼のように厳しいんだから。生徒の安否ぐらい気遣ってほしいよ。

「よぉし!今日はここまで!帰ってよし!!」
「ぷへ…やっと終わった…。帰ろ帰ろ…」

重い足を引きずりながら、なんとか家に帰ろうと必死に歩く。疲れた…もうここで眠りたい…。

もうすぐ家に着くという時、近くの公園からなにやら子供の声が聞こえてきた。
近づいてよく見てみる…2人の子供がなにかをゲシゲシと踏み付けているみたいだ。覗いてみよう。

「あっ、見つかっちまった!逃げるぞ浩樹!」
「う、うん!」

ちょっと見てただけなのに、2人の子供は一目散に走り去っていった。すっげぇ~速いや。
ところであの子供コンビはなにを踏み付けてたんだろう?近づいて足下をよく見てみた。
そこに落ちていたものは、白いワンピースを着ているくたびれた人形だった。かなり汚れてしまっている。

(かわいそうに…こんなに汚れちゃって。家に持ってって洗ってあげよう)

昔からこういう事はないがしろにできない性格なんだ。昔から…ずっと。

…やっとの思いで家に到着した。1週間くらい帰ってなかったような気分だ。

「ただいま…」
「おかえり、晃太(こうた)。バレーはがんばってる?」
「がんばるっていうか…気張ってる…」
「ふふ、大変そうね。お腹空いてるでしょ?」
「ペコペコだよ…」

この人はボクの母親、名を「みや子」という。おせっかいだが尊敬できる良い母親だ。

「いただきま~す」
「どうぞ、めしあがれ。…あら?その汚れたお人形さんは?」
「人形?あ、これ?さっき公園で見つけたから拾ってきたんだ」
「まぁ…まったくあなたって子は昔からそうよねぇ。あの時だって…」
「あ~もう、わかったわかった。これ洗っといてね」
「はいはい」



「ごちそうさま~」
「はい、これ。洗っておいたわよ」

母さんが差し出した物は、拾ってきた人形だった。先程とは見違えるほどキレイになって。

「ど~も」
「あなたの気持ちもわからなくはないけどね、あんまり色々と拾ってきちゃダメよ?」
「そんなのわかってるよ、子供じゃあるまいし」
「お母さんにとってはあなたは子供よ」
「そ、そりゃそ~だけどさ…」

すっかりピカピカになった人形を持って、2階の自分の部屋に向かった。
タンスの上に拾ってきた人形を1つだけ無造作に置いてみた。他になにもないから殺風景だ…。
うん、これでいいか。…ふわぁ~、なんか眠くなってきた。まだ早いけど…疲れてるし、寝るとしよう。



…翌朝。

「ん~…よく寝たぁ」

上半身を起こし、大きく手をあげ、ググ~っと背を伸ばす。気持ちの良い朝って感じだ。
あげた手をペタっと下に降ろすと、布団越しに左手が柔らかな何かに当たったような気がした。

「ん?」

顔を左に向け、視線をやや下に落としてみた。女のコがぐっすりと眠っている。…女のコ?

「うわっ!?」

突然起こった出来事に驚き、反射的にベッドから飛び降りる。

「なな、な、なんだ!?」
「はぇ…?あ…こ~ちゃん、おはよ~」
「お、おはよ~…じゃなくて…キ、キミ…誰?」
「ん~と…それよりもね~」
「へ?」
「じかん、だいじょ~ぶ?」
「…げっ!もう8時じゃん!」
「いそげいそげ~、チコクするよ~」
「ンな事言われたって…あ~もうっ!キミッ!誰だか知らないけど、すぐ家に帰るんだぞ!?」
「え~と、そのことなんだけどぉ」
「話を聞いてるヒマなんてないよ!」
「ふあ~い…」

なにが起きてるのかサッパリ分からないけど、とりあえず遅刻だけはしちゃいけない。皆勤賞がパァになっちゃうよ。

「晃太、急ぎなさい。遅刻するわよ」
「そんな事言うなら起こしてよ!」
「お母さんだってそこまで面倒みきれませんよ、自業自得です」
「そんなぁ…あっ、やば!行ってきます!」
「いってらっしゃい」

ボクの通う高校は歩いて行ける距離にある。歩いていける距離だからこそ選んだ高校だ。
公立の高校としてはまぁまぁ良い学校と言える…男子校ってのがかなり気に食わないんだけど。

猛スピードで走ったのでなんとか遅刻せずに済んだ。朝っぱらから疲労困憊だ…。

「よぅ、進藤。今日は珍しくギリギリなんだな」
「色々あってさ…」
「ふ~ん。色々ねぇ…色々…」
「な、なんだよその目は」
「いんやぁ別に~」

こいつは金子 史哉(かねこ ふみや)、中学からの長い友達だ。
性格はオチャラケていて実に脱力。今までで本気を出した事がないんじゃないかと思うくらいに。
なにか悪さをすればボクも巻き込まれていてもうウンザリしてるんだ…それでも気が合うのが不思議だよ。

「なぁ。今日さ、合コン行かねぇか?」
「…史哉」
「お?行くか?」
「ボクがそういうの行かない事、わかってて言ってるでしょ?」
「やっぱりダメか」
「はぁ…今はそれどころじゃないっていうのに…」
「どうしたんだよ、さっきから溜め息ばっかついて。なにかあったのか?オレで良かったら相談に…」
「史哉に相談して解決した試しがあった?」
「う…」
「相談した事は全部悪い方に進んでっちゃうし。もう史哉には相談しないって決めたんだ」
「つれないヤツだなぁ…」



時は経ち、放課後。このまま部活に行くつもりだけど、あの女のコが気になって仕方がない。
一日くらいサボっても怒られないよね…。よし、逃げちゃおう!

「ごらぁ進藤!!なにやっとるかぁ!!!」
「げっ…」

鬼に見つかってしまった…やばい、やばすぎる。

「進藤よぉ。お前、さっき逃げようとしなかったかぁ?ん~?」
「言い訳はいたしません、逃げ出そうとしました」
「むむ…なにか理由がありそうじゃないか。聞いてやろう」
「ホ、ホントですか!?」
「な~んて言うと思ったかぁ!さっさと練習せんかい!!」
「やっぱし…」

鬼の策略によりまんまとサボリ作戦は失敗に終わり、結局7時まで部活にのめり込む。
いくらボクがバレー好きとは言ってもこれだけハードだと嫌いになっちゃいそうだ…逆効果だよなぁ…。

…昨日と同様に死に物狂いで帰宅した。

「ただいま…あ~疲れた…」
「おかえり、晃太」
「おかえり~」

…ん?今の聞き覚えのある声、母さんじゃない…。もしかして… 慌てて食卓へ走る。

「どうしたの?晃太、そんなに慌てて」
「そうだよ~、こ~ちゃん。あわてなくてもゴハンはなくならないよ~」
「ダメじゃない、晃太。こんなかわいいコを部屋に閉じ込めてちゃ」

…なんなんだ、この光景。なんで朝会った女のコが母さんと一緒に晩飯食べてるんだ?

「ママさんのゴハンおいしいよ~、はやくたべないとさめちゃうよ~」
「あ、そっか。早く食べないと…じゃなくてキミ、ちょっと来て!」
「わわわ。こ~ちゃん、いたいってばぁ~」

女のコの手を掴み、ボクの部屋へひっぱっていく。

「なんでまだここにいるのさ!?しかもちゃっかり夕飯食べて!」
「だってぇ…せつめいしようとしたらこ~ちゃん、ガッコ~いっちゃったから…」
「せ…説明?」
「え~っとね。こ~ちゃん、おにんぎょうさんをたすけて、ひろってきてくれたよねぇ?」
「うん…そうだけど…」
「だからぁ、たすけてくれたおれいに、こ~ちゃんにおんがえしするの~」
「お…恩返し?」
「そだよ~」
「ちょ、ちょっと待った。…話の流れから察するに…あの人形が、キミ?」
「うん」
「ウ…ウソ…だよね?信じられるはずないよ。人形が人間になったなんて、そんな…さ」
「ホントだよぉ、ウソなんかじゃないもん」
「…マジ?」
「もっちろ~ん」

ん~…思い返してみれば服装も同じ白のワンピースだし…髪型も同じストレートロングだ…。

「…ダメだ、信じられないよ」
「もぉ~、どうしてしんようしてくれないのぉ~?」
「…本当なの?」
「ホントだってばぁ~」

まぁ…それ以外に理由も考えられないし、そう仮定しておこう。

「わかった、そういう事にしとくよ。でもさ…恩返しって具体的になにをするの?」
「そのままのいみだよ~。こ~ちゃんにつきそって、いろいろとたすけてあげるの」
「あの…だから、その、付き添うってのをもっと細かく…」
「え~っと…いっしょにくらして、いっしょにコードーして、いっしょに…ん~とぉ」
「遠慮する」
「はぇ?ど~して?」
「いきなりそんな なんでもかんでも一緒に生活~だなんて言われても困るよ」
「あたしのこと、キライ?」
「いや…キライじゃないけど…」
「じゃあど~して?」
「どうしてって…キミ、女のコだし…ボクと一緒にいたら…ほら、あの…民衆の目が…」
「はぇ~?」
「と、とにかく遠慮する。恩返しはしなくてもいいよ」
「うぅ~…こ~ちゃん、やっぱりあたしのことキライなんだぁ…」

よっぽど悲しかったのか、女のコは泣き出してしまった。勘弁してよ…ボク、女のコの涙に弱いんだから…。

「わわ、わかったわかった、恩返し、お願いするよ。だ、だから泣かないで、ね?」
「…ホントぉ?」
「母さんが許可してくれたらね」
「それならヘ~キだよ~。さっきママさんとおはなしして、ここにすんでもいいっていってくれたよ~」
「母さんにはキミの事、どう説明してあるの?まさか…」
「こ~ちゃんのおともだちで、イソーローってことにしておいた~」
「そっか…」

いつの間にやらどんどんと話が進んじゃってるけど…ホントにこれで良かったのかな?

「え~っと…それじゃ、あらためてごあいさつするね」
「ん」
「しばらくこのいえにおせわになることになった『穂村 春』(ほむら しゅん)です。よろしくおねがいしま~す」
「キミの名前、春っていうんだ」
「あれ~?おしえてなかったんだっけぇ?」
「初耳だよ」
「はぇ~、そっかぁ。とゆ~わけだからぁ…よろしくね、こ~ちゃん」
「ん…まぁ、こちらこそ」

とりあえず少しだけペコッとお辞儀をすると、マネして春もペコッとお辞儀をした。

「ところで、なんでボクの名前知ってるの?」
「おにんぎょうさんのときに、ママさんがこ~ちゃんのおなまえよんでたからだよ~」
「人形の時でも耳は聞こえるもんなんだ…」
「しんじてくれた~?あたしがおにんぎょうさんだってこと~」
「…一応、ね」
「むぅ~…いちおう…」
「あとさ、その『こ~ちゃん』って…やめてほしいんだけど…」
「ど~して?かわい~よぉ、こ~ちゃんって」
「は、恥ずかしいんだってば!お願いだから普通に呼んでよ!」
「ふあ~い…わかったよぅ、こ~ちゃん…」
「はぁ…まったく、恥ずかしいなぁ…」

突然現れた女のコ。その正体は、ボクが助けたあの人形だった。
助けられたお礼としてボクに付き添いながら恩返しをするのだという。
ボクも正直、まだ事態の方向性をハッキリと掴めていない。なるようになる…かな。



夕飯を食べ終わるとじきに眠気が襲ってきた。疲れてるからなぁ…ちょっと早いけど寝ようかな。

「ボクはもう寝るけど、キミはどこで寝る?」
「こ~ちゃんのベッドだよ~」
「…はい?」
「こ~ちゃんといっしょにねるの」
「なっ!?バ、バカな事を言うんじゃない!そんなのダメに決まってるじゃないか!」
「ど~してぇ?」
「ど、どうしてって…そりゃ…お…女のコと一緒に寝るって事は…あ~もう!とにかくダメなの!」
「うぅ~…やっぱりあたしのこと、キライなんだぁ…」
「あ、いや…」

だからすぐ泣かないでよ…。困ったなぁ…。

「なんとかしてあげたいけど、それはさすがに無理だよ」
「そっかぁ…がっかり…」
「…あ、そうだ」
「はぇ?」
「ボクは床に布団敷いて寝るから、キミはボクのベッドで寝る。それでいい?」
「ダメだよぅ…このベッドはこ~ちゃんのベッドだし…」
「いいよ、たまにはしっくりとした布団で寝てみたかったし」
「うん…ありがとぉ、こ~ちゃん」
「ボクは眠いからもう寝るよ。おやすみ」
「おやすみ~」

明日から、どうなっちゃうんだろ…。