季は冬、処は北海道。凍てつく寒さのこの地に、関西弁で話す一人の高校生がいました。

「おか~ん、飯まだか~?」
「さっきからうるさいわねぇもう。すぐ作るから待ってなさい」
「栄養とらへんとオツムがよう回らへんから、うまいもん頼むで~」
「ロクに使ってもいないくせに」
「うっ…」

この少年の名は『煎御谷 花火』(いりみや はなび)。いい加減な性格で何事にも全力を出さない脱力少年。
今朝も母親に朝食を急かして逆に図星を突かれ、なにも言い返せないようです。

「は、早よしてくれへんと遅刻してまうやないか!」
「若いんだから朝ゴハンの1つや2つ、抜いたって死にはしないわよ」
「それ…母親の発言かいな…」
「私が言ったのならそうなるわねぇ?」
「…ええわ…行ってきます…」

息子も息子、親も親、と言ったところでしょうか?息子に朝食を食べさせない母親も珍しいですね。

「う~…さむ。早よガッコ行ってあったまろ」

さすがに寒さが堪えるのか、教室のストーブ求めて早足で学校へと向かいます。

とそこへ、後ろから誰かが花火に声をかけました。何事でしょう?

「あの…」
「ん?」

声をかけられて後ろを振り向くと、そこには花火と同じ学校の制服を着た少女がいました。
少し小さめな身長で頭には耳当てをしています。少女は手になにかを持ち、花火に差し出しています。

「これ、ワイのハンカチ…拾ってくれたんか?」

少女はこくっと頷きました。

「そうか。おおきに」

花火が踵を返してまた学校を目指し歩き出しました。やはりストーブ求めて早足です。
なにかに気が付いた花火がまた後ろを振り向くと、先ほどの少女が付いて来ているのです。

「まだなんか用か?」

少女は顔を横に振りました。

「なんで付いてくるんや?」
「学校…一緒だから…」
「それはわかっとる。もっと離れて歩いてくれや」
「…」

少女はそれを聞いて俯いてしまいました。花火も困っています。
仕方なくまた学校を目指して歩き出します。歩きながら後ろを向くと、やはり少女が付いてきていました。

(なんなんや、こいつ…)

やがて学校に到着。他の生徒も登校し、校庭は人でいっぱいです。
花火が昇降口で靴を脱いでいると、まだ付いて来ていた少女が声を掛けてきました。

「あの…」
「なんや?」
「校長室…どこですか…?」
「校長室?校長に用でもあるんか?」
「転校…してきたから…」
「お前、転校生やったんか?」

少女がこくっと頷きました。

「…しゃあない、案内したるわ」

少女がまたこくっと頷き、花火に付いていきます。どうして乗り気ではない花火が少女を校長室まで
案内しようとしたのでしょう?みなさん察しの通り、花火も以前大阪からやってきた転校生だからです。
同じ転校生なのだから案内くらいはしてやろうという花火の中のとても小さな優しい心です。

「ここや」
「ありがとう…ございました…」
「ワイは行くで、ほな」

花火は少女を案内し終え、いつもの教室へと向かいます。

教室に着くや否やクラスメイトの男子数人に囲まれて、何かはやし立てられているようです。

「おい煎御谷!一緒に登校してきた女、あれ誰だよ!?」
「まさか彼女じゃねぇだろうな!?許さねぇぞ!俺の許可なしに異性と交際なんて!」
「あんなかわいいコ、ウチじゃ見た事ねぇよな?」

などなど有象無象に騒がれ、ただでさえ空腹で苛立っている花火には火に油を注ぐようなもの。

「だぁ~うるさいうるさい!ワイはあんなヤツとデキてへん!単なる転校生や!」

それを聞いた男子達は肩を落として自分の席に戻りました。何もなかった事がわかってつまらないのでしょう。
花火が恋愛に興味を持つようなピュアな性格でない事は誰もが知っているので予想はしていたはずですが…。

朝のホームルームが始まりました。担任の先生がいつもとは違う雰囲気で教室に入ってきます。

「生徒諸君!今日は皆に転校生を紹介する運びとなった!」

それを聞いて花火は少し不安になりました。まさかとは思いますが…。覚悟はしておくものです。
担任が教室の外から転校生を招き入れました。その転校生を見て花火が驚いています。

「え~、このコが今日から我が2-Cの一員に加わる…うん、名前は自分で言おうか」
「あ……えと…『冬矢 椿』です…。よろしくお願いします…」

その転校生こそまさしく、花火が校長室に案内した少女に他ならなかったのです。
こんな事があってもいいのでしょうか?あってもおかしくはないでしょうが、何かの運命なのかも知れません。
担任が教室を見回すと、空いている席を指差して椿にそこに座るように言いました。

(な、なんでワイの隣やねんな!?)

幸か不幸か空いている席は花火の隣の席のみ。花火は頭を抱えて現実逃避しようとしています。
指示された通りの席に座ろうと椿がやってくると、向こうも花火の存在に気が付いて少し驚いています。

「…タメやったんやな」

椿がこくっと頷きました。

(まぁええわ。関わらへんかったらなんもないよってに、なんとかなるやろ)

…昼休みになりました。朝食を抜いた花火はまた早足で学食へ行こうと席を立とうとします。

「あの…」

が、椿に呼び止められて体勢を崩し、転びそうになります。やや不機嫌そうな顔で椿の顔を見ました。

「…なんや」
「学食…どこですか…?」
「ワイは急いどんねん、他のヤツに聞けや」
「…」

椿は俯いてしまいました。花火は構わずに学食へ向かいます。よほど空腹なのでしょう、とても早足です。

そろそろ学食に着くという時、花火は背後に気配を感じて後ろに振り向きました。椿が付いてきています。

「だからなんで付いてくんねん?」
「学食…どこだかわからないから…」

花火は大きな溜め息を吐きました。

「あのなぁ、他のヤツに聞け言うたやないか?」
「…」

椿はまた俯いてしまいました。花火もほとほと困っています。

学食に着いて花火があんパンを買うと、椿も同じ物を購入しました。
そして教室に戻ります。その道中、もちろん椿も付いてきています。

花火はこの寒空の中、いつもベランダの手すりに寄り掛かって昼食を食べています。
朝はあんなに寒がっていたのに何故でしょうか?その隣には椿がいました。パンをかじっています。

「寒いやろ、中入れや」

端から見れば気遣いの言葉に聞こえますが、本人はただ側にいてほしくないだけなのです。
でも椿は顔を横に振り、そこを動こうとしません。

「寒くないんか?」
「寒いの…好きだから…」
「ホンマか?」

椿がこくっと頷きました。本当に寒さが好きなようです。

「寒風は肌に悪いんやで?」
「大丈夫…です…」
「風邪ひいてまうで?」
「風邪には…強いですから…」

なんとか教室に戻ってもらおうと奮闘する花火ですが、椿も負けじとその場から動きません。
花火もさすがにあきらめて、そのままあんパンをむさぼっています。

…放課後になりました。こんな性格の花火ですから部活動はなにをしていません。
クラスの男子達に軽い挨拶をして早々に校舎を出ます。他の帰宅部の生徒もチラホラ。

校門から出るか出ないかという時、背後に気配を感じた花火が後ろを振り向きました。
案の定 椿が付いてきています。花火は大きく溜め息を吐き、何も言わずにそのまま下校しました。

家に近づいてきた頃の十字路で椿が花火に声をかけました。

「あの…」
「…なんや」
「さようなら…」
「お、そか。お前こっちなんや。ほなな」

邪魔者がいなくなり少し陽気な花火です。椿がかわいそうですね…もっと女のコに優しくしましょう。