学校中を駆け回り椿の姿を捜索する花火ですが、どこを探しても椿は見当たりません。

(校内のどこにもおらへんな…まさか外に出てるわけあらへんし。…ん?外?)

万に一の可能性を信じ、花火は椿の姿を求め極寒の空へと出ていきました。気温-5度という
鬼のような寒さの中、必死に椿を探し回ります。でも花火の苦労も空しくなかなか見つかりません。

あきらめかけていたその時でした。小さな音が聞こえ、その方に歩いていくとそこは体育館の裏。
サッカーボール大の大きさの雪玉と、それより一回り大きな雪玉、何本もの短い木の枝。
そして…耳当てを付け、楽しそうに雪だるまを作る見覚えのある少女がいました。

「椿」
「あ…」
「ここにおったんか」

椿はスッと立ち上がり、花火に背を向けてしまいました。

「さっきは…すまへんかった。知らへんかったから仕方あらへんけど、悲しませたんなら謝るわ」
「…」

花火も謝ってくれたのでスネるのもやめようとした椿でしたが、花火は言葉を続けました。

「でもな、やっぱり無理はさせられへん。いっつもその思いで後ろめたかったし、あの話聞いたらなおさらや」
「え…?」
「例えそれが椿を悲しませる行為であっても、この決意は変わらへん」

椿は俯いたままゆっくりと花火に歩み寄りました。

「…花火くん……」
「ん?」
「どうして……どうして……そんな事…言うの…?」
「さっき言った通りや。ワイのために無理してるのを見てられへんねん」
「無理なんかじゃない…」
「椿がそうであっても、ワイはお前が無理してへんか心配なんや」
「……どうして…どうしてわかってくれないの…?」
「あのな、だからそれは…」
「花火くんの……バカ…!」

花火の横を通り、椿は校内へと走っていってしまいました。いわゆるひとつのケンカ…ですね。
取り残された花火は深い溜め息を吐き、頭をポリポリと掻きながら校内へと戻っていきました。

教室に戻ると椿は花火と目を合わせようとしません。それどころか机を少し離しています。
どうにもやり切れない雰囲気が2人の間に流れています。どうしようもない、と言うべきでしょうか。

…放課後になりました。いつもなら一緒に下校する2人ですが、今日はあんな事があった後です。
椿はカバンを持って足早に教室を出ていきました。花火はまだ教室にいます。


この時からです、2人のすれ違い生活が始まったのは。朝の登校の時も椿はいません。
学校の帰りも椿はいません。学校にいる時でも隣にいる椿は目も合わせようとしません。
2人の間に深い深い亀裂ができはじめています。周囲も何事かと心配しているようです。



…そんな事が続いたある日、1月24日。いつもの時間に登校する花火ですが、やはり椿はいません。
独りで登校する事がこんなにも寂しさを感じる事だったなんて、今まで思いもしなかったはずです。

学校に到着しました。そっぽを向いて隣に座っていると思っていた椿はそこにはいませんでした。
教室とは別の場所にいるような様子も感じられなく、また風邪でもひいたのかと思い気が差します。

…昼休みになりました。あれからまた学食のパン生活に戻った花火です。
あんパンをベランダでむさぼっていましたが、なんだか妙に落ち着きません。
居ても立ってもいられず、クラスメイトの男子1人に椿の欠席の理由を問いただしました。

「なぁ、なんで椿休んどるんや?」
「椿…?あぁ、冬矢の事か。って、ど~してお前が聞くんだよ」
「は?」
「栃木に引っ越すってんで休みどころかもう来ないんだが…まさか、知らないのか?」
「…知らへん」
「おいおい、ウソだろ?いっつも一緒にいたじゃねぇか?最近はどうだかしらねぇけどさ」
「まだ…引っ越してへんのか?」
「ん~、多分な。多分だぞ多分」

それを聞いた花火は慌てて教室を駆け出し、校外どころか学校から出ていってしまったのです。
昼休みとはいえまだ授業時間です。にも関わらず花火は椿の家を目指して走っています。
だた一心に走って走って走って走って、来た道を無心にひたすら走って戻っていきます。

いつもの十字路に到着しました。膝に手をついて白い息を荒く吐き、呼吸を整えています。
ここまで来たのはいいものの、どうやって椿の家に向かいましょう?…花火も迂闊でした。
椿から家の場所を聞いていなかったのです。どうしましょうか、身動きの取りようがありません。

花火くん…
「ん?」

聞き覚えのある声が耳をかすめ、辺りを見回してみました。

「花火くん…」
「あ…椿?」

いつも椿がやってきて、いつも椿が帰っていくその十字路の方向から、耳当てをした少女が歩いてきました。

「な…なんでここにおるんや?」
「来てくれると…思ってたから…」
「そ…そか…」

2人は少し距離を置いたまま話を始めました。

「なんや…その…すまへんかった。ワイが間違ってたわ」
「私も…ごめん…。ワガママ言って…」
「でな。弁当また頼みたかった…んやけど……な…」

ぎくしゃくしながらも椿に歩み寄り、グッと肩を掴みました。いつになく真剣な目で椿を見つめています。

「ホンマに…行ってまうんか?」

椿は小さくこくっと頷きました。

「なんで言ってくれへんかったんや?」
「言うのが…怖くて……」
「ん…。もう行ってまうんか?」

再度椿はこくっと頷きました。

「どうしても…行ってまうんか?」

椿はまたこくっと頷きました。

「なんとかして行かんようにできへんのか?」
「できない…」
「がんばりゃど~にかなるやろ?」
「できないよぉ…」
「お前の弁当食いたいねん、頼むわ。な?」

椿は顔を横に振りました。花火は顔を強張らせたかと思うと椿から離れ、背を向けてしまいました。

「…栃木でもどこでも、勝手に行ってまえばええんや!」
「ぁ…」
「お前の顔なんて二度と見とうあらへん!どっか行ってまえ!!」
「…」

花火だってこんな態度は取りたくありません。こんな事を言いたくはありません。
でも、ついついひどい態度を取ってしまうのです。ついついひどい事を言ってしまうのです。

「ごめん…花火くん…」

肩を落とし、俯きながら椿は自分の家を目指して歩き始めました。

「…椿っ!」
「え…?」

呼び止められて椿が後ろを振り向くと、花火に包み込むように抱きしめられました。

「わっ…」
「椿…行くんやない…!行くんやないっ!」
「花火くん…」
「離れとうないんや!ずっと…ずっと側にいてほしいんや!」
「…私も……同じ気持ち…だよ…」
「せやったら!」
「でも…ごめん…」
「……そうか…」

抱きしめていた腕を緩め、花火は椿から少し身体を離しました。

「なぁ、椿」
「…?」

花火は両手を椿の肩に置き、ゆっくりと口付けをしました。突然の事で椿は驚いています。
でも椿は拒むこともなく目をつぶり、その状況を受け入れているようです。

やがて唇が離れると、2人の表情は何だか今までと少し違っているように感じられます。
穏やかというかなんというか…落ち着いていて、理解し合っているというか…。
口付けをされた後の椿の表情はとても明るく、微笑みが絶えません。

「すまへんな…いきなり…。なんちゅ~かな…、そういう気分やってな…身体がそう動いてもうて…」
「うん…」
「イヤ、やったやろ?」
「そんな事…ない…」
「へ?」
「今日…私の誕生日なの……だから…」

椿は唇に指を軽く当てながら言葉を続けました。

「……ありがとう…」
「な、なにがや?」
「え…?」
「何がありがたいんや?」
「わからないの…?」
「ぜ~んぜん」

それを聞いた椿は思わずクスッと笑ってしまいました。花火の鈍感っぷりは笑いを誘うのかもしれません。

「……もう…行くね…」
「ん…」
「じゃあ…また…」
「ほなな」

踵を返して椿は再度家に向かって歩き始めました。椿の姿がだんだんと小さく、遠くへ行ってしまいます。
次の十字路で椿が右に曲がろうとした時、花火に向かって小さくお辞儀をし、椿の姿は見えなくなりました。

(行ってもうた…か)

ポケットに手を突っ込み、ちょっとふてくされ気味に花火は家へと…ではなく、学校へと戻っていきました。

家に着くまでの帰り道の間に椿が涙を流していた事を、花火は知る由もありません。