あれから数日が経ち、すっかり年越しムードも終わった2002年の冬。極寒の続く北海道。
道内のとある一軒の家のベッドの上に、なつかしいあの2人の姿がありました。花火と椿です。

「ん…」

花火が目を覚ますと、目の前にはかわいらしい女のコの寝顔が現れました。

「椿ぃ…かわい~やっちゃなぁ…」

隣で眠っている椿の頬をなでなでしました。柔らかくてすべすべな肌に、花火はトリコになっています。
なでなでされて気が付いたのか、椿がぽわ~っと目を覚ましました。うっすらと目を開けて花火を見ています。

「……花火…くん…?」
「おはよ~さん」

寝ぼけているのか、花火の家に泊まった事を椿は忘れているのです。

「ここ…どこ…?」
「は?」

だんだんとハッキリしていく意識の中で、やっと自分が花火の家に泊まった事を思い出しました。

「あ……えと…」

椿は恥ずかしそうに身体を起こし、目をごしごしと擦っています。

「どないしたんや?」
「なんでもない…」
「そか」

花火もゆっくりと身体を起こし、ぐぐ~っと背伸びをしました。

少しだけ間が空いた後、椿は花火を見ながら忘れかけていた朝のご挨拶をしました。

「おはよう…ございます…」
「ん、おはよ」

それからまた少し間が空き、朝の寝起きの余韻に浸っていました。2人とも寒そうです。

椿が自分の服装を見ると、雪の絵が描かれたパジャマを着ている事に気が付いて
いきなり恥ずかしそうに布団にくるまってしまいました。

「何してんねや?」
「…」

椿は何も言葉にしようとせず、口をむ~っとして恥ずかしそうに布団を抱え込んでいます。

「…まさか、パジャマ姿が恥ずかしいとか言うんやないやろな」
「ぁ…」
「図星か?」

椿は小さくこくっと頷きました。花火はポリポリと頭を掻いています。

「お前なぁ…一緒のベッドで寝たぁいうんにこの期に及んでそりゃないやろ…」
「だって…」
「まぁええ、早よ着替え~や」

花火はベッドから足を降ろし、腰掛けた形のままそこを動こうとしません。
それと同じように椿も先ほどの体勢から全く動こうとせず、膠着状態が続いています。

「どした?着替えへんのか?」

動こうとしない椿を不思議に思い、花火は目線を合わせました。椿がこちらをじ~っと見ています。

「な…なんや?」
「…」

じ~っと花火の目を見つめて微動だにしません。

「…着替え見たらアカンのか?」

椿はこくっと頷きました。

「な~んや、残念やなぁ。楽しみやったんに」

それを聞いた椿は少し怒りましたが、顔を赤らめつつちょっと嬉しそうでした。

「下で待っとるさかいな、着替え終わったら降りてきぃや」

椿がこくっと頷くと、花火は椿の頭をぽんぽんと叩いて一階へと降りていきました。
リビングへ入ると花火の母親がせっせかせっせか朝ご飯を作っています。

「おはよ~花火。椿ちゃんは?」
「上で着替えとる」
「覗かないの?」

椅子に腰掛けようとしている最中に母親に予想だにしない発言をされ、花火は椅子から転げ落ちました。

「なな、な、なに言うてんねや。母親の言う事ちゃうやないか」
「そ~かしらねぇ?私も若い頃はナイスバディ目当てに覗きにくる男どもで大変だったわよ~?」
「昔の話やろ、100年くらい前の」
「花火の朝ご飯抜きね」
「ジョークです、お母様」

どっかりと椅子に座り、朝食と椿を待ちながらボケ~っと呆けていました。

…しばらくすると階段を降りる音が聞こえ、リビングのドアが開きました。着替え終わった椿でした。
いつもと同じオレンジのフリースにデニムのスカート、そして頭にはお馴染みの耳当てを付けています。

「おはよ、椿ちゃん」
「おはようございます…」

リビングに入るなり突然母親に挨拶され、椿は少し慌て気味に挨拶をしました。

「も~少し待っててね、すぐできるから」

椿はこくっと頷きました。そのままその場に立往生し、なんだか居所に困っているようです。

「ほれ、早よ座れや」

花火の言う通りに椿は花火と反対側の椅子に座りました。こうやって向き合うとなんとなく恥ずかしくて
椿は俯いたまま顔を赤らめ、顔を上げようとしません。そんな椿を見ている花火は幸せそうな表情でした。

「は~い、できたわよ~」

母親の上機嫌な声とともにテーブルに並べられた朝食は…焼きそばでした。朝から焼きそばです。

「おかん…朝っぱらから焼きそばは…」
「焼きそばはスタミナの素なの!ガンガン食べて精力つけちゃいなさい!」
「『つけちゃいなさい』ってなんやねんな…。まぁええわ、いただきます」

お腹ペコペコだった花火はガツガツと焼きそばを食べ始めました。
あまりの勢いの良さに、花火の食べっぷりを見慣れている椿もさすがに驚きました。

「いただきます…」

椿も焼きそばを食べ始めました。花火とは全く正反対、ほんの数本を軽く口にしただけです。

「どう?椿ちゃん?」
「おいしい…です…」
「あらヤだ、嬉しいわ~。花火ったらいつも何も言わないから分かんないのよねぇ」

…すっかり焼きそばも食べ終わり、2人は食休みをしていました。
食べ終わった皿を流しに持っていこうとする椿でしたが、慌てて母親に止められました。

「あぁ~いいのいいの、椿ちゃんはお客さんなんだからゆっくりしててね」

というわけで席に戻った椿です。と、花火が椿の頭を凝視していました。

「椿、さっきから気になってたんやけど」
「…?」
「寝ぐせ、付いとるで」
「え…?」

頭をペコペコと触ってみると、確かに髪がぴょんと立っているのがわかります。
恥ずかしそうに頭を隠し、うぅ~と言いながらどうしようかと混乱しているようです。

「洗面台使ってええで、直してきぃや」

椿はこくっと頷き、慌てて洗面台へと走っていきました。遠くからドライヤーの音が聞こえます。
…椿が戻ってきました。頭の寝ぐせはなくなり、スッキリとしたいつもの椿の髪型です。

食休みも済んで椿の寝ぐせも取れたので、花火は椿を連れて自分の部屋に戻りました。

「そや。椿、ミカン食うか?」

椿はこくっと頷きました。花火がそそくさと一階へ降り、ミカンを取りに行きました。

そのスキに…というわけではありませんが、椿はベッドの下をゴソゴソと探り出しました。
やっぱり女のコですから男のコのベッドの下というものは気になるのでしょう。

階段を昇ってくる花火の足音が聞こえ、椿は慌てて元の場所に座り直しました。結局は何も見つからず。

「ほい、ミカン。もらいもんやけど結構うまいんやで」
「おっきぃ…」

夏ミカンかと見まがうほどの大きさのミカンの皮を剥き、一房を食べました。甘酸っぱくておいしいです。

「花火くん…」
「なんや?」
「どこか…行かない…?」
「どこかってどこや?」
「お店とか…どこか…」
「ん~、そやな。家でぐたついとるんよりはええわな」

ミカンを食べながらでちょっとモゴモゴしていましたが、椿の提案により外出する事に。

軽い身支度を済ませて2人は家を出ました。パラパラと雪の降る寒い寒い日です。

「んで、どこ行こか?」
「どこか…」
「『どこか』やのうて場所や場所」
「街…?」
「まぁ、ここらやったら大体はそうなるやろうな」
「じゃあ…街…」
「街のどこや」
「どこか…」

『どこか』としか言ってくれない椿に花火は困ってしまいました。

「市街地に着くまでに考えとくんやで、ええな」

椿はこくっと頷きました。

市街に向かう道すがら、椿は道端にひっそりと佇む何かを発見し、駆け寄っていきました。

「を?椿?」

何事かと花火が後を追うと、椿の手の平に小さな雪だるまが乗っていました。

「なんや、それ?」
「雪だるま…」
「ま…まさか、さっきの一瞬で作ったんやないやろな?」

椿は大きくふるふると顔を横に振りました。

「置いてあったから…」
「んぁあ、既製品かいな」
「ちっちゃくて…かわいい…」

手の平に乗るような小さな雪だるまに椿は心奪われ、指でツンツンつついたりして嬉しそうです。

「それはええんやけど、早よ行こうや」

椿はこくっと頷き、ちょっと残念そうに雪だるまを元の場所に戻しました。

「持っていかへんのか?」
「持ち主が…取りに来るかもしれないから…」
「も、持ち主?」

取りに来ない事はわかっています。でも、万に一の事があったら、と椿はいつも考えているのです。
そんな椿の純粋で素朴な性格がかわいくて、花火は思わずその場で抱きしめそうになってしまいました。

「ほ…ほな、い、行こか…」

妙にギクシャクしてしまう花火でした。

…市街地に到着しました。寒さもなんのその、日曜日というだけあって人が溢れています。

「どこに行くか決めたんか?」
「まだ…」
「どないすんねんな、街で仁王立ちか?」
「……お買い物…ダメかな…?」
「買い物?なんでや?」
「あれ…作りたいから…」
「あれ?……あぁ、あれか。そやな。よしゃ、スーパー行こ」

椿はこくっと頷き、2人はいつものスーパーへ向かいました。店内は程良い暖かさです。
何気なく椿が反射的に買い物カゴを持つと、それを花火が奪うようにヒョイっと取りました。

「ワイが持つ言うたやないか」
「あ………うん…」

前に来店した時と同じ展開に、何だかとっても嬉しい椿でした。
ところでこのお二人…お店に来たのはいいのですが、一体何の材料を調達しにきたのでしょう?

「材料、これでええんか?」
「えと………お豆腐…ない…」
「豆腐は…アッチやな」
「お肉もない…」
「肉は…なんや、さっきんトコやないか」

何やら慌ただしいようですが…一体何を作るのでしょう、結局分かりませんでした。

レジで精算を始めました。ここで問題になるのはやはりお支払いをどちらがするか、ですよねぇ…。

「ワイに払わせてや」
「え…?」
「今の椿はワイが冬矢家から預かった大事な一人娘や。これくらいして当然やで」
「でも…」
「たまにはええトコ見せたいねん」

申し訳ないと思いつつも椿はこくっと頷き、精算を済ませて袋に買った物を詰めていきます。
やや重そうな買い物袋を花火が持って、ゆっくりとテフテフと歩いて花火家に戻りました。

家に戻ると花火は持っていた買い物袋を台所に置き、寒そうにリビングのコタツに潜ってグッスリです。
取り残されてしまった椿は母親と一緒に花火の幼少時の恥ずかしい写真を仲むつまじく見ていました。

…そんなこんなで気が付けばもう午後6時。

「花火くん…」
「んぁ………?」
「お鍋…できたよ…」
「鍋……鍋…?鍋?あ、そや、鍋や鍋。アカンアカン、眠ってもうた」

花火がガバっと飛び起きると、コタツの卓上にはすでに鍋セットが出来上がっていました。

「ぉお…本格的やな…」

椿が鍋のフタを開けると、白い湯気の後においしそうなスキヤキが登場しました。

「うまそ~やなぁ…」
「花火くん…よだれ…」

よだれが垂れようがなんだろうが、花火は早くスキヤキを食べたいのです。
ルンルンしながら待っているとハシやらなんやらが準備され、椿と母親も席に着いて準備完了です。

「ほな、いただきます」

待ちきれなかったのか、花火は一人で勝手に食べ始めてしまいました。

「コラッ!花火!行儀が悪いわよ!」
「眠ってもうて昼飯食えへんかったんや、別にええやないか」
「まったく…ねぇ椿ちゃん、どうしてこんなのを好きになったの?」

これまた予想だにしない発言をされ、椿は顔を赤らめ、花火に到ってはブッと吹いてしまいました。

「あはは。冗談よ、じょ~だん」
「冗談にしては随分とショッキングやな…」

母親の軽いジョークも飛びつつ、談笑しながら食が進んでいきました。

…鍋もなくなり、外はもう真っ暗闇。家の事もあり、さすがに椿も帰らないといけません。
荷物を持って玄関で靴を履いている椿を花火と母親がお見送りします。ちょっと残念そうです。

「椿ちゃん、また来てね」

椿は小さく『はい』と言いながらこくっと頷きました。

「明日、ガッコでな」
「お弁当…楽しみにしててね…」
「ん、楽しみにしとるで」
「それじゃ…さようなら…」

深々とお辞儀をして椿は家路につきました。

「あ~ぁ、行っちゃった…楽しかったのになぁ…」
「なに子供みたいな事言っとんねん」
「アンタが女のコだったら一緒に料理したりできるのに…なんで女のコに産まれて来なかったのよ!」
「横暴や…それ…」
「ま、いっか。近かれ遠かれ椿ちゃんは私の娘になるんだし」
「だ…だから、そういう言い方やめぇ言うとるやろ」
「あら?間違った事言ったかしら?」
「…ええわ、寝る」

ポケットに手を突っ込み、なんとなくスネ気味に自室に戻りました。…ベッドでイビキをかいています。