今日は12月半ばの日曜日。何も予定のない花火は家でゴロゴロと床に伏しています。
いい若者が屋内でグータラグータラしていてイイものでしょうか?寒くても少しは外に出るべきです。

「花火~、降りてきて~」

母親が花火を呼んでいます。下に降りて来い、との事ですが花火は嫌な予感がしてたまりません。

「…なんや」
「いいから降りてきて~」
「だるいねん…後にせぇや…」
「お小遣いなしにするわよ~」
「ぐっ…なんちゅ~母親や…」

母親に脅され、花火は渋々1階へ降りました。階段の袂で母親が手提げ袋を持って待機しています。

「はい、買い物行ってきて」
「なんでワイが…」
「親の苦労を少しでも減らそうとするのが子の務めでしょ?」
「息子を利用しとるだけやないか…」
「い~から行ってきなさい。お金は手提げに入ってるわ。買ってくる物のメモもね」
「断ったら小遣い抜きやろ…選択肢の余地ナシやん…」

いつにも増して肩を落とし、花火は家を出て市街地へと歩き出しました。
空は快晴。だけど気温は3℃。いくら厚着を着て防寒しても寒さが身体を凍てつかせます。

…市街地に到着しました。冬とは言え市街地にはたくさんの人で溢れかえっています。
花火はスーパーに行き、メモ通りの物を買い物カゴへ入れていきます。手際が良いですね。
もう何度も母親に買い物を頼まれているので慣れっこなのです。

「ん…これで全部やな」

花火はムダな物を1つも買わずにレジで清算を済ませました。こんな性格なのにどうしてでしょう?
実は以前買い物を頼まれた時に、1つくらいならいいだろうと好きなお菓子を購入したら
母親にお小遣いを減らされ、それ以来 余計な物は買わないように注意しているのです。
おつかいのお駄賃としてお菓子の1つや2つ、買わせてあげてもいいと思うのですが…。

買い物を済ませた花火がスーパーを出ました。しかしせっかく出てきたのにこのまま直帰しては
なんとなく悲しいのです。ふらふらと市街地を歩き、とある本屋に入店しました。
いつも読んでいる漫画の新刊が発売されていないか調べに来たのです。

「ぁ…」
「ん?」

花火が店内を歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえて足を止めました。

「なんや、冬矢やないか」

聞き覚えのある声の正体は椿だったのです。花火が突然現れたので思わず反応してしまいました。
椿は慌てて読んでいた本を後ろに隠し、花火に小さくお辞儀をしました。

「何隠したんや?」
「あ…えと…」
「見せぇや」

椿は顔を横に振りました。花火はささっと椿の背後に回りますが、椿も身体を反転して隠そうとします。
そのパターンが3回続きました。キリがないと判断した花火は背後に回るフリをしてフェイントをかけました。
椿はそれにひっかかり、花火が動いていないにも関わらず身体を反転させました。本が姿を現します。

「わ…」
「なんや、料理の本やないか。隠す事あらへんがな。料理好きなんか?」

椿がこくっと頷きました。

「せやろうな。弁当うまいし」

椿の顔が赤くなっています。花火はあの一件以降、本当に椿に毎日弁当を作ってきてもらっているのです。
周りからは嫌らしい目で見られていますが花火は未だに『昼食が浮いて助かる』程度にしか思っていません。

「煎御谷くん…今日は…?」
「おかんに買い物頼まれてな、ついでに寄ったんや。お前は?」
「私は…暇だったから…」
「へぇ~」
「あ…あの…」
「ん?」
「えと……」
「なんや、早よ言えや」
「…煎御谷くん…時間、ある…?」
「あぁ、あるけど」
「じゃあ……買い物…付き合って…」
「ワイが?」

椿がこくっと頷きました。

「な、なんでワイが冬矢の買い物に付き合わなアカンねん」

椿は俯いてしまいました。ショックだったようです。女のコの誘いを断るなんて花火も薄情ですね。

「お弁当の…材料…」
「材料がなんや?」
「煎御谷くん…何が食べたいか…知りたいから…」
「なんや、最初からそう言ってくれや。そういう事なら付き合うたるで」
「え…?」
「弁当のおかずほど重要なもんはあらへんからな」

それを聞いた椿は嬉しそうにこくっと頷きました。持っていた本を置き、花火に付いていきます。
一方の花火はただ単に毎日作ってもらっている弁当のおかずが要望通りになるのですから
了解しただけなのです。背に腹は代えられません。がめついと言うか、欲深いと言うか…。

先ほどのスーパーへ入店。すでに買い物を済ませた花火は今日で2度目となりました。
椿が買い物カゴを持つと、それを花火がヒョイっと奪うように取りました。

「あ…」
「重くなりそうやし、ワイが持つ」

気を遣ってもらい椿は嬉しそうでした。2人は歩き出し、弁当の具材をカゴに入れていきます。
その光景は端から見れば恋人同士としか思えません。でも、花火は全く気にしていないようです。

途中、椿がスキヤキの材料が並んでいる棚の前で立ちほうけていました。なにかあるのでしょうか?

「何してんねや?」
「え…?あ…えと……なんでも…ない…」
「早よ行こうや」

椿は顔を赤くして花火の後ろに付いていきます。花火は首を傾げました。頭に「?」が浮かんでいるようです。

一通り買い物を済ませ、清算しようとレジに並びます。さて、代金はどちらが支払いましょうか。

「冬矢」
「?」
「これ」

花火は自分のサイフから2000円札を取り出し、椿に手渡しました。

「私が…出すから…」
「弁当代かてバカにならんやろ、こんくらい出させてや」
「でも…」
「ほら、順番来たで。早よ受け取れ」

椿は小さくお辞儀をしながら花火から2000円札を受け取りました。花火も優しい心があるんですね。
清算を済ませてスーパーを出ました。例の十字路まで一緒に帰りにます。

…十字路に着きました。

「煎御谷くん…お弁当、楽しみにしててね…」
「うまいのん頼むで」
「また…明日…」
「ほな、明日な」

2人は別れ、各々の家に帰りました。帰りが遅い、と花火が母親に叱られた事は言うまでもありません。