12月31日、月曜日。例え大晦日、例え冬休みと言えど花火のグータラ生活になんら変化はありません。
とは言え数時間後には年をまたぐのです。おめでたいおめでたい年越しがやってくるのです。
さすがに何も行動しないわけにはいきませんが、やっぱり何もする事がなくベッドでゴロ寝しています。

「おか~ん、ハラへった~」
「なぁに若いもんがゴロゴロしてんの!玄関の雪かきでもしてらっしゃい!」
「イヤや、寒ぅてかなわへん」
「たるんでる証拠よ!ほら、さっさと行ってきなさい!」

花火は重い腰をあげ、渋々玄関の雪掃除をする事になりました。雪かき用のスコップを
手に取って玄関を開け、外に出ました。すると、見覚えのある少女が目前に立っています。

「ぬゎっ!?…なんや、椿かいな。なんか用か?」
「あ…あの……えと………」
「早よ言えや、雪かきせなアカンねん」
「……やっぱり…なんでもない…。さようなら…」

椿は恥ずかしそうに小走りで去って行ってしまいました。何を言おうとしていたのか
気になって仕方がありません。椿らしいと言えば椿らしいのですが。

…玄関の雪かきも終わった花火はそそくさと家に戻り、モゾモゾとコタツに潜ってしまいます。

「こらっ!花火!何ナマけてんの!!」
「うっさぃなぁ…一仕事終わったんやから休ませぇや…」
「若いんだから体力なんていくらでもあるの!ほら、自分の部屋でも掃除してきなさい!」
「へぃへぃ…」

花火はまた重い腰をあげ、渋々自室の掃除を始めました。とてもやる気があるようには見えません。
それどころか押入れにしまってあった昔の漫画を読み始めています。掃除は一向に進みません。

ふわぁ~むにゃ…なんや眠なってきた…」

なんと花火はそのまま眠り込んでしまったのです。大晦日のまっ昼間だというのに…だらしない。

…まだ眠っています。

…まだ眠っています。

…まだまだ眠っています。

ここで現在時刻をお教えしましょう。AM7:23。そうです、すでに年を越してしまったのです。
昼の5時に眠り始めてもう朝の7時、なんと14時間睡眠。だらしなさ日本一なのでは?

やっと花火が目を覚ましました。寝ぼけながらも時計を見ています。デジタルではないので
AMかPMかはわかりません。だから本人は2時間しか寝ていないつもりなのです。

「ん…なんで外明るいんやろ…。まぁええか…」

年越しなどどうでもいいかのように花火は二度寝をしてしまいます。でもあれだけ寝たのですから
さすがの花火ももう眠くはないようです。またまた重い腰をあげ、1階へと降りていきます。

リビングのドアを開け、辺りを見回します。人の気配は感じられません。
とにかく寒いのでコタツに入って暖を取ります。すぐには暖まらないのでしばらくジッとしています。

…そんなこんなでもうAM10:00になってしまいました。花火はコタツでミカンを食べてグッタリ。
ところでコうるさい母親の姿が見えませんが…花火の母親は毎年必ず元旦は友人とどこかへ
出掛けてしまい、花火はいつも一人で留守番しているのです。勝手な母親ですねぇ。

と、玄関のチャイムが鳴り響きました。何者か、と花火がだるそうに玄関のドアを開けます。
そこに現れたのはやはり椿でした。手には何か布に包まった重そうな箱を持っています。

「ん?なんや、椿かいな」
「えと……あ…明けまして…おめでとう…」
「あぁ、おめっとさん」
「これ…」

椿はコートのポケットから取り出したハガキを花火に差し出しました。

「これ、年賀状やないか」

椿はこくっと頷きました。

「年賀状を手渡しするヤツ初めて見たわ」

恥ずかしそうな椿を見て、花火はちょっと笑ってしまいました。

「まぁええわ。で、なんや?」
「あ…あの……えと……その…」
「なんやねんな、早よ言えや」

花火は何かに気が付き、追って発言しました。

「昨日みたいにいきなり帰るなや」

椿は申し訳なさそうにこくっと頷きました。

「あ…あの………初詣…」
「初詣?」
「えと……一緒に…」
「一緒に?」

椿は顔を赤くして俯いてしまいました。言葉にするのが恥ずかしいのでしょう、花火も気を遣えばいいのに。

「一緒に…行かない…?」
「ん~…どうせヒマやし、かまわへんけど」

良い返答を受けた椿はパァっと顔が明るくなり、こくこくっと二度頷きました。

「ちと待っててや、準備するさかい」

ちゃっちゃと軽い準備を済ませてさぁ行こうという時、花火が何かに気が付きました。

「椿、それなんや?」
「え…?」
「その手に持っとるデカイの」
「あ…これは…」
「それ重たいやろ。ひとまずウチに置いてけや」

椿はこくっと頷き、玄関に重たそうな箱を置きました。玄関のドアを開けて近くの神社へ向かいます。

外は美しい銀世界。白い粉雪が積み重なって作られた真っ白な雪の絨毯が一面に広がっています。
雪を見ている椿はなんだかとても嬉しそうで、不思議とこちらまで嬉しくなってきてしまうのです。

「椿」
「…?」
「雪、好きなんか?」

椿はこくっと頷きました。

「花火くんは…?」
「ワイはどうやろ。好きも嫌いもあらへん、ってトコやな」

そう言いながら花火は雪を軽く一握り掴み取って、片手でギュッと丸い雪玉を作りました。
雪玉を何気なく頭上に放り投げると、高く舞い上がった雪玉は勢いよく花火の頭に落ちました。痛そうです。

「ぃったぁ~…」

命中部分に手を当ててしゃがみ込んでいる花火を見て、椿はクスクスと笑みを浮かべました。

「わ、笑うなや!」
「ごめん…」

それでも椿は笑っています。赤っ恥をかいてしまった花火でした。

…やがて神社に到着しました。思ったよりも人が多く、椿がちょっと不安そうな顔をしています。

「どした?」
「人ごみ…苦手…」
「なんでや?」
「はぐれちゃう…から…」
「ならこうすりゃええやないか」

花火は何の気兼ねもなしに椿の手を握りました。こうすればはぐれる事はありませんね。
でも…椿は恥ずかしがってその場を動こうとしません。いきなり手を握られれば当然…かも?

「何してんねん、早よ行こうや」

動かない椿をムリヤリ引っ張り、人ごみの中へと入っていきました。
押し潰されるほどではありませんが押しの押されのでギュウギュウです。

…結局2人は何もできずに人ごみから放り出されてしまいました。

「アカンわこれ…。椿…ヘ~キか…?」

椿はこくっと頷きました。それを見た花火は椿の外観に何か違和感を感じました。

「ん?お前、耳当ては?」
「え…?」

確かめるように手をペタペタと頭に当てて耳当てを探す椿ですが、ないものはないのです。
きっと人ごみの揉まれて何かの拍子で落ちてしまったんでしょう。椿は慌てて人ごみへ入ろうとしました。

「ま、待てや!今行っても探せるわけあらへんやろ!」
「でも……でも………」

花火の静止を振り払おうとする椿の目は涙目で潤んでいました。
本人にとってはよほど大切な物だったのでしょうね…。仕方がありません、今はあきらめるしか。

「また今度来て探せばええやないか?今はムリなんや」

椿は悲しそうにこくっと頷きました。その足で花火宅へと戻ります。初詣は無駄足になってしまいましたね。

…花火宅に到着しました。玄関から上がる際、出掛け前に玄関に置いていた重そうな箱を見て
椿がハッと思い出し、重そうな箱を持ってリビングに入っていく花火の後に付いていきました。

花火の招きで中に入る椿は少し緊張ぎみです。花火宅に入るのは初めてだから当然の事です。
リビング内を物珍しそうにパァ~と見回しています。特に珍しい物はないんですけどね。

「早よ座れや」

洋テーブルの椅子に座っている花火が、先に引いておいた椅子を指出して椿に言いました。
おずおずと緊張しながら椿は椅子に座りました。まだリビングを見回しています。
着ていたコートを脱ぎ、隣のイスの背もたれに掛けました。中にはオレンジ色のフリースを着ています。

「…なんや、その……茶、いれよか?」

普段おもてなし1つしない花火が慣れない手付きでお茶をいれ始めました。
今にもこぼしてしまいそうで、見ているこっちが冷や冷やさせられてしまうほどの体たらくです。
花火はお茶をいれる作業をしながら、横目で椿が抱えている重そうな箱を見ました。

「椿、それなんや?」
「え…?」
「その重そうな箱や」
「あ…」

椿は抱え込んでいた箱をテーブルの上に置き、しゅるしゅると包んでいた布を取り去りました。
中から現れた物体は艶やかな黒塗りで段重ねの重箱のような物でした。
これを見た瞬間、いくら少々学の足りない花火でもすぐに察しがついたようです。

「まさか、それ…おせちか?」

椿はこくっと頷きました。花火は目を丸くして呆気に取られています。
どうして持ってきたのか理由を聞くのはともかくとして、花火は先に聞いておきたい質問がありました。

「上から下まで全部お前が作った、とか?」

再度椿はこくっと頷きました。花火はカンペキに呆けています。思わず口が開いてしまいます。

「えと………食べる…?」
「モモ、モ、モチロンや。食うで食うで」

そそくさと茶いれを済ませた花火が嬉しそうに椅子に座りました。よっぽど楽しみなのでしょう。
椿はちょっともったいぶりましたが、そ~っと重箱を開けていきます。
その中身は一介の学生が作った物とは思えないほどの華やかさです。

「ホンマに…お前一人で?」

謙虚ながらも椿は小さく頷きました。

「ホンマに…ワイが食うてええんか?」

椿はこくこくっと二度頷きました。

「じゃ…いただくわ」

恐る恐る花火は棚分けされた重箱の1つを手で引き寄せ、持っていたハシで出汁巻きをつまみました。
それをヒョイっと口に入れてモグモグと良く噛んでいます。目をつぶり、じっくりと味わっています。
そして、味わっている花火を見ている椿の目も期待と不安で熱くなっています。

「どう……?」
「ん、うまいで」
「あ…よかった…」
「これもうまそやな」

波と調子に乗った花火は次から次へおせち料理を口に運んでいきます。は、早い早い。
でも椿は微笑みながら、花火の馬鹿食いっぷりを観ています。作った物をおいしく食べてもらえる…
女のコにとってはとても嬉しい事なのでしょうね。花火はそんな事もつゆ知らず馬鹿食い続行中です。

…花火はわずか10分で全てを食べ尽くしてしまいました。苦しそうにイスの背もたれに寄り掛かり
お腹に手を当てて満腹感を露わにしています。結局、椿は一口も食べれませんでした。

「うぇ~、ごっそ~さまぁ~」
「…カラッポ…」
「あっ…わ、わるぃ、ワイ一人で食うてもうたな」

椿は顔を横に振りました。

「花火くんに…食べてもらえたから…」
「へ?」

予想だにしなかった言葉を受けた花火は思わず間の抜けた声を出してしまいました。
よほど嬉しいのでしょう、椿の顔から笑顔が絶えません。花火は疑問の念でいっぱいですが。

「にしてもなんやな…お前、耳当てないと雰囲気ちゃうなぁ」
「ぁ………」

さっきまでの椿の笑顔はパッと消え、だんだんと悲しみの顔になっていってしまいます。

「あっ…いや、その……思い出させるつもりは…なかったんやけど…」

2人の間に不穏な気まずい空気が流れています。せっかく和やかなムードだったのに…。
…しばらくして椿が何気なく時計を見て、何かを思いだしたかのように少し慌て出しました。

「私…帰らないと…」
「そか?」

椿はこくっと頷きました。重箱をささっと重ねて布に包み、掛けておいたコートを着てリビングを出ました。
花火もその後を追うとすでに椿は靴を履き、花火宅を去る寸前でした。かなり慌てているようです。

「ほ、ほな、学校でな」

椿は軽い会釈をして玄関を開け、寒空の中を駆けながら帰っていきました。
また一人になった花火は自室に戻り、ベッドで頭の後ろに手を組んで寝転がりました。
性に似合わず何か考え事をしているようですね。

(ん…そやな、そうしよう。色々と世話になっとるしな)

そのまま花火はうとうととして、いつしか眠ってしまいました。