「フレイさん。起きてください、フレイさん」
「…」
「朝ですよ、起きてください」

フレイの身体を揺するが、何の反応もない。いつも通り爆睡しているようだ。

「もぅ…フレイさんったら…」

居間に戻る唯。…諦めたのかと思いきや、台所にあった鍋とオタマを手に持ち戻ってきた。
何をするのかと思えば、オタマで鍋を力いっぱい叩き始めた。耳をつんざくような音が部屋に響き渡る。

「……んぅ…」

あまりの大音量にさすがのフレイも目も覚ました。ゆっくりと身体を起こす。

「おはようございます、フレイさん」
「…今日も朝から騒がしいな」
「フレイさんのためですから」
「……耳が痛いな…」

寝床から降り、唯とともに居間へ向かう。すでに朝食はほぼ出来上がっていた。

「お早めにお食べになってくださいね。冷めてしまうと…」
「味が落ちる、だろ?」
「あ…はい」
「分かってる。冷めてもうまいけどな、唯の料理は」

そう言いながら、ガツガツと朝食を食べるフレイ。とてもおいしそうに食べている。

…ものの数分で食べ終えてしまった。唯が食器を洗っている間、フレイは暇そうに長椅子に座っている。

「…暇だな」

独り言のような、唯に対して発言しているような、どちらでもないような様子でフレイが言った。

「でしたら、ユニオンパースに行きませんか?」
「ユニオンに…?」
「はい。おじ様のご様子も気になりますし」
「統治長、か…。そうだな。行こう」

あっさりと決まってしまった目的地、ユニオンパース。家で暇を持て余しているよりは良いだろう。

皿洗いの終わった唯も準備が整い、家を出た。見慣れた道を南に進んでいく。

「肌寒いな…」
「そうですか?」
「…その服、男用はないのか…?」
「湯衣はもともと婦人用ですから…」
「統治長に頼んで作ってもらえないか?」
「う~ん…湯衣に使われている素材は今では貴重なものばかりですので、難しいかと…」
「じゃ…これ、時価だといくらぐらいになるんだ?」
「湯衣を着る方が少なくなってきていますから、素材は貴重でもあまり高くはないと思いますが」
「そうか…」

色々な意味で肩を落とすフレイ。薄着を好むフレイも悪いのだが…。

虻谷の森の入口へ到着した。すると突然、唯がフレイの背中に隠れてしまった。

「ん?どうした?」
「……ヘビ…いませんか…?」

その言葉にフレイは楽しそうに微笑した。

「居ても俺が追っ払う、安心して付いて来い」
「ぁ……はい」

フレイのたくましい返事に、唯はやや顔を赤くしていた。森の中へ入る二人。

「ん…」

遠くから聞こえてくる音に気付き、フレイは耳を澄ませた。…木が倒れ、葉のこすれる音が聞こえてくる。

「唯。この森、何かすると言ってなかったか?」
「あ…そういえば、伐採整理するとおじ様が言っておりましたが…」
「やってるみたいだな」

だんだんと先に進むにつれ、その音も大きくなっていく。

「ここも変わってしまうのですね…」
「あぁ」

感傷に浸りながらも歩を進め、二人は森を抜けた。遠くにはユニオンパースの全景が見える。
巨大な湖の水面に半壊の塔が映っているその様は、まるで大きな時計のようにも見て取れた。

…ユニオンパース北門に到着。いつもと変わらぬ門兵が門の脇に立っていた。

「あ…唯殿にフレイ殿、お久しぶりです」
「いつもご苦労様です」
「今日も統治長のお見舞いで?」
「はい」
「統治長なら管理区病院に…って、もうご存知ですよね」
「ふふ…これで三度目ですから」
「唯殿に会いたがっていましたよ、とっても」
「そうですか…では、早くお見舞いに行った方が良いですね」

門兵に軽く会釈をし、二人は中へ入った。騒がしい街の音が無数に耳に入ってくる。
途切れる事のない人通り。密集した建造物。脇に見える湖。ユニオンパース独特のものだ。

二人は一直線に管理区病院の統治長がいる部屋へ向かった。
ゆっくりと戸を開けると、うとうとと眠っていた統治長がポケ~っと目を覚ます。

ん…?誰じゃ…?」
「私です、おじ様」
「……唯ちゃん…?」
「はい」

唯が来たと分かると統治長は飛び起き、小さな身体で唯に飛びついた。

「うわぁぁぁ!唯ちゃぁ~ん、会いたかったよぉ~!」
「ちょ、ちょっと、おじ様…まだ治っていないのですから、横になっていてください」
「ええんじゃええんじゃ。ワシはこ~していられるだけでええんじゃ」

唯に抱きついていた統治長だが、何者かに首根っこを掴まれて寝床に戻された。

「な、何をするんじゃ、フレイ!ワシの楽しみを!」
「怪我人は大人しく寝てるんだ。それに、アンタには奥さんがいるだろうに」
「うっ…」

フレイは少し怒っていた。統治長の行動に対して似合わず嫉妬していたのかもしれない。

「仕方がないのぅ…。して、今日は何用じゃ?」
「おじ様のお見舞いに来たのですが…」
「お…おぉ、そうじゃったか。ワシみたいな老いぼれのためにいつもすまんのぅ」
「いえ。おじ様にはとても感謝しておりますから」

一段落し、唯は寝床の脇の椅子に座り、フレイは部屋の端で腕を組んで壁に寄り掛かっていた。
その光景を統治長の視点から見ると、手前に唯、その後ろにフレイが遠めに立っているように見えた。

「むぅ…のぉのぉ、唯ちゃん」
「はい?」
「その、アレじゃ。フレイとはどこまで行っておるのじゃ?」
「…え……?」

統治長の唐突な質問に、返答に困る唯。

「ふむ…言い方が悪かったかの。フレイとは仲良くやっとるか?」
「え…えぇ、まぁ…」
「そうかそうか…。ふむふむ…」

何やら一人で納得している統治長。

「フレイよ、ちょっとこっちへ来なさんな」
「ん…?」

手招きされ、何も分からないままとりあえず唯の隣に座るフレイ。
唯とフレイ。二人が横並びになっている。その二人を、統治長はマジマジと見つめていた。

「うむ。決まりじゃな」
「決まり…?」

統治長は深呼吸をし、喋り出した。

「統治長命令じゃ!唯ちゃんとフレイを本日より夫婦とする!」

いきなりの言葉に唖然とする唯とフレイ。

「なぁ、統治長…それって…」
「分かりました」

フレイが言葉を返そうとしたが、唯の思わぬ了承によりフレイはさらに唖然としてしまった。

「いや、ちょっ、ちょっと待て、唯」
「はい?」
「ほら、その…夫婦ってものは…」

「統治長、お時間です」

フレイが語り出した途端、戸の向こうから看護士のくぐもった声が聞こえてきた。

「おろ。もぅ時間か…寂しいのぅ…」
「おじ様に会いたくなった頃にまた来ますから、それまで安静にしていてくださいね」
「う~…そうする…」

…統治長に別れの挨拶をし、二人は部屋を出た。病院の出口へ向けて歩き出す。

「…」

フレイは歩きながら考え事をしていた。

「…唯」
「はい?」

唯を呼び止めた。

「聞きたい事がある」
「なんでしょう?」
「さっきの件は…統治長命令だから、か?」
「いえ…違います」
「統治長の命令だから断れなかったのか?」
「違います」
「…じゃあ…?」

唯は姿勢を直し、改まってフレイの前に立った。

「私の意志です」

その言葉を聞き、フレイはやや硬直した。困惑している様子である。

「フレイさん」
「ん…?」
「私は、フレイさんの事が好きです。とても大切な人です。だから…」
「…」
「私を…娶ってくださいますか?」

唯のストレートな言葉でフッ切れたのか、フレイはいつものフレイに戻った。

「…あぁ。もちろんだ」

フレイの返答を聞き、唯は微笑んだ。

「ありがとうございます。フレイさん」



…その後、二人は家に帰り、思い思いの時を過ごした。