「さっき歩くスピード遅かったの、もしかして怖かったのか?」
「はい…」
「これは重症だな。本当に我慢できるか?」
「だいじょうぶ…です」
「俺の内側を歩けば少しは和らぐだろう」
「すいません…」

…到着、ヒートロック。山の下層部に位置する町。

「久しぶりだな…ここも」
「え?」
「随分前になるが、少しだけここで暮らしてたんだ」
「そうなんですか?」
「半年もいなかったけどな。町も変わってしまってる」
「…」
「唯、どうした?」
「なんだか…町の方々の視線が痛々しいです」
「確かに空気が重苦しいな…鉱業も今は止まってる様子だし。なにかあったのか?」
「心配です…」
「とにかく宿を確保しよう」

宿屋に入店する。

「なっ…満室!?」
「悪いね、今日は泊められないよ」
「本当に空きはないのか!?」
「アンタもしつこいねぇ、今日は満室で泊められないよ」
「そうか…」

宿をあきらめ、店を出る。

「どうしますか?フレイさん」
「どうって言われてもな…」
「今からアイスヴィクセンに行くとなると、日が暮れて夜になってしまいます」
「仕方ない…行ってみるか」

フレイは山を見上げながらそう言った。

「行くって…ヒートマウンテンに、ですか?」
「正確にはその途中だ」
「そこになにがあるのですか?」
「…ジイさんの家」
「以前お話ししていたあのおじいさんの事ですか?」
「あぁ」
「こんな辺境の地に暮らしていたんですね…」
「もう世話にはならないと決めていたんだが、どうしようもないしな」

二人はヒートロックを通り過ぎ、さらに上を目指した。

「唯、大丈夫か?」
「はい…」
「さっきよりも歩くスピードが遅くなってる気がするんだが」
「そ…そうですか…?」
「今にも止まりそう…って、止まってるな」
「あれ…?足が…」
「しょうがないな。ほら」
「え…?」
「おぶってってやるから、早く乗るんだ」
「で…でも…」
「怖がらなくてもいい、落ちないようにしっかりとおぶるから安心しろ」
「そ…そういうわけでは…」
「なんだ?」
「…わかりました…お願いします…」
「ん」

唯がフレイの背中におぶさる。

「よ~し、日が暮れないうちに登っちまおう」
「あぅ…」

唯の顔が赤らんでいる。



「唯、起きろ」
「ふぇ…?あ…ごめんなさい、眠ってしまいました」
「着いたぞ、ジイさんの家だ」
「ここが…おじいさんの家…」

見るからにくたびれた総木造の一軒家がひっそりと建っていた。

「お~い、ジイさ~ん。生きてるか~?」
「あ、あの…」
「ん?」
「もう…歩けますので…」
「そうか」

フレイは唯を降ろした。唯の顔がまだ赤らんでいる。

「あ…ありがとうございました…」
「気にするな、これくらいはお安い御用だ。…それにしても、ジイさんいないのか?」
「人がいる様子はありませんね」
「まいったな…野宿ってわけにもいかないし…」

フレイは考え、なにか閃いたかのように手をポムッと叩いた。

「そうだ、稽古場に居るかもしれない」
「稽古場ですか?」
「ここよりも少し上にある稽古場だ」
「上…ですか…」
「大丈夫だ、山林の中を通るから風景は見えない」
「それなら…だいじょうぶかもしれません」
「よし、日が暮れないうちに行こう」

…到着、稽古場。

「お~い、ジイさ~ん」
「む?おぉ、フレイではないか。何用で参った?」

そこに立っていたのは、筋肉質でヒゲを生やしたたくましい老人だった。

「ヒートロックで宿がとれなかった、一晩泊まらせてほしいんだ」
「連れの御方もおるようじゃな。うむ、よかろう」
「助かるよ、ジイさん」
「ジイさんではない。ダーゼンじゃ」

3人はダーゼン宅へ向かった。

「時に婦人、名をなんと申す?」
「秋町 唯と申します」
「ほぅ…珍しい名じゃが、良い名じゃ」
「ありがとうございます」

…到着、ダーゼン宅。

「フレイよ」
「ん?」
「お主は外で身体を休めろ」
「…は?」
「あいにくと部屋が2つしかない。1つはワシの部屋じゃ」
「ジイさんが外で寝ればいいだろ」
「なにを言うか、この馬鹿弟子。それともか弱い婦人を外で休ませるというのか?」
「そんな殺生な…」

ダーゼンの酷な仕打ちに、唯が割って入る。

「わたしはフレイさんと同室で構いません」
「唯、いいのか?」
「ユニオンパースでもそうでしたよね?」
「そうだけど…まぁ、唯がそう言ってくれるなら…」

すかさずダーゼンが割って入る。

「唯殿、それはいかん。この男が何をするかわかったものではない」
「はい?」
「この狼男が唯殿のようなかわいらしい婦人に手を出さぬはずがなかろう」
「フレイさんはそのような事はいたしません」
「む…」
「ですから、わたしはフレイさんと同室で構いません」
「むむむ…唯殿がそう言うのであれば…」
「お世話になります」

唯の圧倒的なパワーに押され気味の男2人。

…時は夕方。唯が泊まらせてもらうお礼に手料理を振舞うそうだ。

「唯、手伝おうか?」
「いえ、わたし一人でできますから」
「そっか」

フレイは居間に戻り、ダーゼンと今までの事を話し合った。

「うむ…気になるな、その組織とやらの存在が」
「ジイさん、頼みがあるんだ」
「なんじゃ?」
「俺を鍛え直してほしい」
「どうしてじゃ?」
「イムカの町で、俺はモンスターに一撃でやられてしまった…」
「モンスターと人間では身体の構成が違うんじゃ。体格の差もある、負けて当然じゃ」
「今はそんな事は言ってられない!俺は唯を守らなければいけないんだ!でも今の俺は、唯を守り切れる自信がない。だから…俺を鍛え直してほしい」
「では一つ問おう。何故そこまでして唯殿を守りたいと思う?」
「それは…」
「統治長に頼まれたからか?唯殿に恩義があるからか?」
「…」
「約束や恩返し程度で命を投げ出せる程の忠誠を誓えるのか?」
「俺は…そこまで大義をやってのけようなんて思ってない。唯を守りたい、それだけだ」
「お主も相変わらずの馬鹿弟子じゃな」
「なっ!?」
「よかろう。鍛え直してやる」
「…すまない」
「じゃが、モンスターと人間が一対一で戦うとなると相当な腕がなければできぬ芸当じゃ。それ故に訓練も厳しくなろうが、途中で弱音を吐くでないぞ。唯殿を守りたければ、な」
「あぁ、わかってる。どんなに厳しくたって途中でやめるわけにはいかない」

その後 唯の手料理を完食し、皆寝床につく。

「…フレイさん、起きていますか?」
「ん」
「ダーゼンさん、どこかでお見受けしたような気がするのですが…」
「ジイさんの過去なんて知らないからな。そんな事があっても不思議じゃないかもしれない」
「なんだか…とても強くて、たくましかったような…」
「そのうち思い出すんじゃないか?」
「…そうですね」
「疲れてるだろ、もう寝よう」
「はい」