オレはシブヤを歩いていた。理由もなく、ただ歩いていた。
わけあって放浪の旅をしていたが、途中で路銀が尽きてしまったのである。
なにをするわけでもなく、延々と、オレは歩いていた…。
ふと気が付くと、オレは雑居ビルの壁にもたれかかっていた。
そのまま脚の力が抜け、そこに座ってしまう。
「このままどうしよう…ハラへった…いいや、寝ちまおう」
そう考えてた時、向こうの方から声が聞こえた。
女性の声だ。気にはなったが、ハラが減っていてそれどころではない。
そのまま寝ようとしたが、だんだんと女性の声が近づいてきた。
「ねぇ…もしかして、キート?」
キート…なつかしい響きだ。オレの名前は秋人、沢口秋人だ。
キートというあだ名の由来はあきとの「きと」から来ているらしい。よくわからないが…
その名を呼んでいたのは、今までのオレの人生で1人しかいなかった。
「おまえ…千夏、か?」
杉本 千夏(ちか)、理由もわからないまま10年前に離れ離れになってしまった
幼なじみである。幼さこそ残るものの、顔立ちはすっかり大人になっていた。
相変わらず身長は低い。にしても、まさかこんな所で逢えるとは…。
「わぁ、やっぱりキートだ!ひさしぶりだね、元気してた?…って、あんまり元気じゃなさそうだね」
「ああ…見ての通り、体調はグタグタだ」
「だいじょぶ?お腹すいてない?」
「サッカーボールが3つ入るくらいペコペコだ」
「じゃ、ウチでなにかごちそうしてあげるよ」
嬉しい言葉ではあったが、オレは断った。
「や、遠慮しておく」
「ふぇ?ど~して?ひさびさに逢えたんだから、話したい事とかたくさんあるのに…」
「色々と迷惑かけるだろ。それにオレ、こんなカッコだしな。オマエが周りからなんて思われるか」
確かにオレは5日くらいまともに風呂にも入ってないし、服も汚い。
「そんなの全然気にしないよ。さ、行こ!」
「お、おい!」
手をひっぱられて、半ば強制的に連れてこられた高層マンション。
(…いくらなんだ、このマンションの家賃)と聞きたくなるほど高級感漂うマンションだ。
千夏の部屋は4階らしく、エレベータで昇っていく。
エレベータ内で見た千夏の横顔は、かなりのルンルン顔だった。
部屋についてすぐに千夏は
「お腹すいてるんでしょ?すぐゴハン作るから、その間にシャワーでもあびててね」
と言ってくれたので、少々気はひけるがシャワーをあびる事にする。
さすがは女の子の家の風呂だ、シャンプーやトリートメントが充実している。
あまり髪にはこだわらないので軽くシャワーをあびて風呂から出て服を着ようとするが
さっきまで着ていた服がどこにも見当たらない…。大声で千夏に聞いてみた。
「千夏~、オレの服はどうした~?」
「キートの服なら洗濯してるよ~」
…全裸で生活しろっていうのか。と思っていたら千夏が
「待ってて~、今着替えだしてあげるから~」
そっか、それは良かった…ん?待てよ。ここは女のコの家だ。
女のコの独り暮らしなんだから男物の服があるはずがない。ってことは…
が、予想に反して千夏は男物の着替えを持ってきてくれた。
なぜ男物の服、ましてや下着まであるのか。あまり気にしないことにする。
着替えを済ませて風呂からあがったが、まだ料理はできていないようだ。
「もう少し待っててね、あとちょっとでできあがるから」
なので、少し部屋を見渡してみる。さすがは19歳の現役大学生、
参考書やテキストがズラっと並んでいる。オレにとってはブタに真珠な物ばかりだ。
それにしても広い。さすがは高級マンションである。大学生がよくもまぁこんなマンションに…
そんな考えをしていたら、キッチンの方から爆音が聞こえてきた。
「…千夏?大丈夫か?」
「ふぇ~ん…」
結局料理は大失敗。カップラーメンをいただく事になった。
「ごめんね…ホントは料理できないんだけど、キートに逢えたもんだから張りきっちゃって…」
「いやいや、気持ちだけでも嬉しいよ。ありがとな」
「ホントに?ホントにそう思う?」
「ああ、思ってるさ」
「よかった…でも、このまま料理がヘタってわけにもいかないし、ガンバらないと!」
カップラーメンをツユまで飲み干したオレは、すっかり眠くなってしまった。
そういえば、千夏に会わなかったら今ごろ夢の中だったんだな。
すでにカップラーメンをいただいたのだから、これ以上世話になるわけにはいかない。
オレは早々に出発して、雨風をしのげる寝床を探そうとしていた。
「じゃあな。世話になった」
「ふぇ?どこに行くの?」
「これ以上世話になるわけにはいかないからな。野宿でもする」
「ダメだよ。外は寒いし、色々と危ないし…」
なんだかベコベコに言われてしまった。
「だから、ウチに泊まりなよ。ね?」
…言うと思った。だが、これ以上断り続けると千夏の「泣きの嵐」が
来るかもしれない。そう思ったオレは素直に泊まることにした。
しかし…どこで寝ようか…。千夏の部屋で寝るのはヤだ、恥ずかしい。
というか、寝つけない。なので毛布を借りてリビングのソファーで寝る事にする。
千夏は少し残念そうな顔をしていたが、気にせずにそのまま寝入ってしまった。