じりりりりりりりり…カチッ。8時、か。さすがにこれ以上は早まらないようだ。
さっさと身体を起こし、寝ぼけたまま洗面所に行き、顔を洗った。

(今日はバイトもないし、なにをしようかな…)

これからバイトがない日はなにをして過ごそう。なにか千夏のタメになる事はないのか…探してみよう。
洗濯物なし、ホコリ1つなし、料理の材料もきっちり揃っている。
洗濯、掃除、家事全般、どれを取ってもやる事はない。
千夏は料理以外ならなんでもできる、言わば良妻の鏡だ。
裁縫なんてやらせたら右に出るヤツはそうはいない。
こんな女性を奥さんにできたら幸せだろうに…って、なにバカな考えを。

だがここまでカンペキだと、なにかしてあげたくてもしてあげられない。
…よし、レッカマンでも買いに行こう。軽い身支度を済ませ、本屋へいざ出発。

到着にそう時間はかからなかった。別に何度も来ているからわかった事ではあるが。
今回も他の本には目もくれず、レッカマンが陳列されている本棚へ一直線。
すぐさま次の巻を手に取り、いつものように購入。これが何回続くのかは不明だ。

オレの脚は早く読みたいがためにかなりスピードアップしていて、いつもより早く千夏の家に。
エレベータを昇り廊下へ出ると、玄関の前に中年の女性が立っていた。

(あれは…千夏のおふくろさんか?)

やばいな、あそこに居られると入るに入れないじゃないか。困ったな…。
しばらく待って、あきらめて帰る事を懇願するとしよう。
…しかし、20分経っても千夏のおふくろさんは帰ろうとしなかった。

(あ~もう、イライラするなぁ!もういい!)

覚悟を決め、いざ千夏のおふくろさんの元へ。

「もしもし」
「あら?あなた、お隣さんかしら?」
「いえ、千夏さんと同居している沢口 秋人と言います。千夏さんのお母さんですよね?」
「…今、なんと?」
「ですから、千夏さんのお母さんですよね?」
「その1つ前です!」
「千夏さんと同居している…」
「ど、ど、ど、同居ですって!?あなた、千夏とはどういう関係なの!?」
「え~っと、昔の幼なじみでして…」
「幼なじみ?」
「はい」
「…あなた、名前はなんと?」
「ですから沢口 秋人です」
「!?」

千夏のおふくろさんは眼を丸くした。かなり動揺しているようだ…なんなんだ?

「あなた、あの沢口 秋人なの!?」
「え?覚えてらっしゃるんですか?」
「ええ、忘れもしないわよ。忘れてたまるもんですか!」
「?」
「あなたがどうして千夏と同居しているかは知らないけど、今すぐ出ていきなさい!」
「や、そんな、いきなり言われましても…」
「今すぐ千夏と別れなさい!」

困ったぞ…千夏にはそばに居てって言われて、おふくろさんにはすぐに別れなさい、だもんなぁ。

「あれ?お母さん、キート、なにしてるの?」
「あ、千夏。なんで昼間なのに帰ってきてるんだ?」
「忘れ物しちゃったから、昼休みに取りにきたんだけど…」

「千夏!この男と今すぐ別れなさい!名前を聞くだけでも忌々しいわ!」
「ちょ、ちょっとお母さん…」

なんだなんだ、すっげぇややこしい事になってきたぞ…。

「千夏に消えない傷を負わせといて、よくもヌケヌケと同居なんて!許せないわ!」

………………………え?

「お母さん!もうやめてよ、昔の話でしょ!?」
「…待ってください。オレが千夏の一生の傷を負わせたって…どういう事ですか?」
「まぁ!あんな傷を負わせておいて、忘れたですって!?まったく、話にならないわ!」
「お母さんやめて!お願いだから!」

…なにがなんなんだ!?オレが千夏に一生消えない傷を負わせた…なんの事だ!?

―その後、千夏とおふくろさんだけで話し合いが始まった。オレは外でレッカマンを読んでいた。
しかし、あんなに夢中に読んでいたレッカマンも、今は内容なんて読んでいられなかった。

しばらくすると玄関のドアが開いた。千夏のおふくろさんだ。

「ふふ…あなたと千夏の関係もこれまでね」

そう言い捨てて、千夏のおふくろさんは帰っていった。

(こうなったら、千夏から昔の事を聞き出すしかない…オレはなにも覚えていないんだ!)

すでに閉まっている玄関を勢いよく開けた。

「おい!どういう事なんだよ!千…」

…千夏は泣いていた。前におふくろさんが来た時と同じように、泣いていた。

「千夏…」
「…」

しばらくはそっとしてあげよう。オレはまた、玄関の前でレッカマンを読む事にした。
もちろん内容なんて頭には入っていない。今は昔の事が気になって仕方がない。

(昔、なにがあったんだ…10年前にオレと千夏が別れた事となにか関係があるのか?)



「…ト…キート…キート」
「ん?」
「…寝ちゃったんだね」

どうやらオレは、いつの間にか玄関前で寝てしまったらしい。

「…もう、いいのか?」
「うん…ごめんね…」

だが、千夏の顔にいつもの元気はなかった。

そして、千夏から聞く事になった。10年前の出来事の全てを。