じりりりりりりりりり…カチッ。時刻は午前7時、早すぎる。寝なおそう。
…
「キート~!起きろ~!!」
「ぐぇはっ!?」
「うにゅ~、やっと起きた」
「うぉぇ…千夏…朝っぱらからボディプレスは勘弁な…」
「だってキート、起こしても全然反応しないんだもん」
「あぁ、悪かったよ。起きないオレも悪かったよ。だからってボディプレスまでして起こすか?」
「明日はお引越しの日でしょ?」
「ん~、そうだっけか」
「そうだよぉ~」
「…それで?」
「連れてってほしいところがあるの」
「どこよ?」
「シブヤ」
「シブヤ?なにしに?」
「デート♪」
「…ヤだ」
「うぅ~、シブヤ行きたい~、デートしたい~」
「ヤだったらヤだ、オレは寝る」
改めて寝なおそうとすると、小さな泣き声が耳に入ってくる。千夏の泣き声だ。
「引っ越しちゃうから…思い出、作ろうと思ったの…」
「千夏?」
「シブヤは…キートと出遭えた…再会できた場所だから…なのに…なのに…ふぇ~ん…」
「…行こう、シブヤ」
「ふぇ?」
「オレと千夏がまた遭える事のできた、あの街に行こう。んで、思い出をたくさん作ろ。な?」
「…うん!」
乗せられた気がしなくもないが、まぁいい。千夏のためならお安い御用だ。
軽い身支度を済ませ 家を出る。目指すは東京inシブヤ。
「うへぇ~、あっつぅ~…」
外はまだまだ夏の陽気。あまりの暑さに弱音が出てしまった。
「キート、男のコなんだからしっかりしなきゃ。電車に乗れば冷房効いてるから涼しいよ」
「がんばりま~す…」
死にもの狂いで(大げさ)なんとか駅に到着。キップを買い、電車が来るのを待つ。イライラ。
…数分後。祝、電車来襲。すぐさま乗車し、座席でグッタリする。
「あ~…ぼくシブヤまでもたないかも…」
「もぉ、さっき家出たばっかりなのに」
「5月病ってヤツでさ…だるいのよ、これが」
「今は8月だもん」
「ぎくっ」
「おんぶしてあげよっか?」
「そ…それだけは…」
「イヤ?」
「はい、イヤです」
「じゃあがんばる?」
「そうします…」
オレの返答が嬉しかったのか、笑顔でオレの顔を覗く千夏。…かわいい。
…電車に揺られて数分、シブヤ駅に到着。降りたくない、外はイフリートの領域だ。
「ほらキート、降りなきゃダメだよぉ~」
千夏がオレの腕をグイグイ引っ張る。痛い。
「イタタタ、わ、わかったわかった、降りますよ」
外。暑い。熱い。厚い。篤い。
「千夏」
「ふぇ?」
「帰ろう」
「まだ来たばっかりだよ?」
「暑すぎるから」
「ガマンすればヘ~キだよ」
「ガマンできない、ボク帰る」
「…」
あ、千夏りん泣きそう。
「ジョーダンだ、帰らないよ」
「…よかったぁ…」
「ほら。行くぞ」
「わわわ、待ってよ~」
とりあえずはシブヤをとぼとぼ歩いてウロウロしてみる。で、どこに行くんだ?
「で、どこに行くんだ?」
「シブヤ」
「もう来てる」
「ん~、考えてないかも」
「は?」
「キートとシブヤに来たかっただけ…うん、きっとそう」
「目的地は?」
「シブヤ」
「シブヤのどこ?」
「ぜ~んぶ♪」
「…このままどこに行くってんだ。埼玉まで流れるか?」
「それはないよ~」
「だったらせめてどっか行くべよ」
「どこがいい?」
「千夏りんが決めてくださーい。ボク付き添いでーす」
「一緒に考えようよ~」
「オレは別にどこにも…」
「あ…ね、キート。あそこ行こうよ」
「ん?」
「わたしとキートが再開した場所」
「ん…別に行っても意味ないだろ?」
「せっかくだから行こうよ~、もう来れないかもしれないよ~」
「ンなこたないだろうけど…まぁいいか、行っても」
「それでは、レッツゴー!」
目的地がやっと決まった。オレの野宿ポイントに行きたいらしい。行く意味はない。
「…ここ、だよね?」
「あぁ」
「ここにキートがいて、わたしが声をかけて…」
「千夏宅に連行されていつの間にか一緒に暮らすことになって」
「ついこの前のことなのに…色々あったね…」
「…だな」
感傷にふけっていると、千夏が腕を組んできた。正確には腕に抱きついてきた。
「キート…」
「おお、お、おいおい。やめろよ、恥ずかしいじゃないか」
「離さないもん…」
「…(照)」
そのあと、オレ達は夜遅くまでシブヤにいた。店で買い物したり、街をブラブラしたり。
特に目的があるわけじゃない。目的なんかなくてもよかった。思い出が作れればよかったんだ。
…PM8:00、オレと千夏は東京タワーに来ている。千夏が行きたいと騒いだからだ。
不思議なことにオレ達以外に人はいない。こんなことは滅多にないだろう。
「ふわぁ~…キレイ…」
「いつ見てもキレイだな、ここからの景色は」
ネオンひしめく眠らない街、東京。その街が織り成す夜景は、光のアートと呼ぶに相応しい。
「ねぇキート。あれ、パレットタウンの観覧車だよね?」
「あぁ、お前が乗りたいっていうから行ったんだ」
「また乗りたいなぁ~」
「…そんなに好きか?あの観覧車」
「うん…だって…」
千夏からはその言葉の先はでず、顔を赤らめながらもじもじと顔を下げる。
なんだかよくわからず、オレは視線を夜景へと戻す。
「…キート」
「ん?」
やや小さめの声で呼ばれ、顔を千夏へと向けた。千夏の唇がオレの唇と重なり合う。
…どれくらいの間、キスをしていたのだろう。自然と唇が離れる。二人は無言のまま抱き合った。
「キート…大好き…」
「あぁ、オレもだ」
「ちゃんと聞きたい…キートにちゃんと言ってもらいたい」
「…好きだよ、千夏」
「うにゅ~…恥ずかしいよ~…」
「さて。帰ろうか、ウチに」
「うん」
帰宅後の晩飯中。
「あ~!」
「んごっ…。なんだよ千夏、いきなり大声出して」
「思い出した思い出した!」
「なにをだよ?」
「ほらキート、レッカマンって読んでるでしょ?」
「あぁ」
「あれ、10年前にキートが見てたアニメだよ!」
「…は?」
自分の表情が手に取るようにわかる。すんげぇ不可思議な顔してる。
「聞き覚えがあったからず~っと気になってたの」
「………思い出せない…」
「ふぇ?覚えてないの?だから買ってるのかなぁと思ったんだけど」
「全然覚えてないな…」
「ほらぁ、あの…わたしが誘拐犯に襲われた時にキートが見てたアニメ」
「…思い出した。アレか」
「わかった?」
「あぁ。でも内容は全く覚えてない。マンガ読んでてもなつかしい感じはしないし」
「そうなんだぁ…」
「…にしても、オレが見てたアニメなんてよく覚えてたな」
「毎週欠かさず『じゃあな!レッカマン始まるから!』って遊んでる途中に帰っちゃったから、よく覚えてるの」
「ん~…ダメだ、覚えてない。『見てた』って記憶しかないな。他は全然」
「ふ~ん。変なの…」