続・千夏の夏 第六話

じりりりりりりり…カチッ。

「うわっ!」

オレではない声が叫んだ。上半身を起こすと、ベランダで目を点にしてこちらを見ている兄貴がいた。

「ンだよ目覚ましか…」
「早いな」

早起きだな、という意味。

「あぁ、昨日のび太みてーにさっさと寝ちまったからな」

言いつつリビングに戻り、反対のソファーに腰を下ろす兄貴。向かい合った形になる。

「腹減った」
「自分でなんか作れ」
「お前の方がうまいに決まってンだろ」
「居候は家主に尽くすべきだ」
「じゃ醤油ご飯」
「栄養失調で殺す気か」
「だったらこさえろ」

グタグタなくだらない言い争いに敗退、微妙に悔しくも渋々起きる。用を足して着替えて洗顔して、
キッチンに移動。

「なに作るんだ?」

兄貴がカウンター越しに訊いてくる。

「トップシークレット」
「けち」

火をつけてフライパンを温めていると、千夏の部屋のドアがゆっくりと開いた。

おはよ~…
「はよ」「ん~」

忠告しておくが、前者がオレで後者が兄貴である。

「さて、俺もシャワー浴びるかな」

…も?

「待った」
「ん?」
「今、千夏がシャワー浴びてるの知ってて言ってるか?」
「あたぼーよ、千夏の朝シャンは昔っからさ」

まずい事になった。そりゃ兄貴と千夏は血のつながった兄妹だし、お互い裸でシャワーを浴びても
何ら気にならないかも知れないし、兄弟のいないオレにはどういう感覚が働くのかすらわからない。
でもだがしかし、男としてこのまま兄貴の暴挙(?)を許していいものだろうかと疑問にも思う。
奇妙な嫉妬心が身体に湧き上がってくる。オレは千夏の…えぇと、なんだ、その、同居人として、
例え兄妹だろうとなんだろうと、そんな不健全な行為を見過ごしてしまう訳にはいかないのだ。

バスルームに向かおうとしている兄貴を、キッチンを横切ろうとした所で腕で静止する。

「ちょちょちょ、ちょい待ち」
「ナーニよ」
「いやほら千夏もさ、ひとりでシャワー浴びたいと思うんだ朝だし、」
「何回か一緒に浴びたことあるっつの」

な、

ななな、

なにーっ!?

これは推測だが、今の自分の顔を似顔絵にしたらピカソだ。
いや、そりゃ兄妹だし小さい頃一緒に風呂入るとかは日常的な光景かもしれないけどさ、お互いの
年齢考えてみろよどっちも成人してんだぞ昔はなかったものとかいっぱいあるんだぞそういうの
考えてんのかもし本当に入るとしたら改めて考えりゃただの変態で非常識で―、

ふと意識を前に向けると、兄貴がオレの狼狽した顔を見てニヤニヤしながら笑いを堪えていた。

「…なぁ」
「ん?」
「おちょくってる?」
「あれ、バレた?」

やっぱりな、と思うと同時に、引っかかった恥ずかしさを紛らすように顔を下に向けて膝に手を置き、
たっぷりと溜め息を吐いた。そして引っかけた兄貴は腹を抱えて朝っぱらから大笑いをしていた。

「いやーお前そういうトコ昔と全ッ然変わってねぇな」
「…余計なお世話だ」

笑い過ぎて涙流してるところまで見せられるとさすがに少しは腹が立つ。
見事に引っかかった手前怒るのもバカらしく、さっさとキッチンに戻って料理の準備を再開する。
兄貴はまたカウンターに肘を乗せて顔をこちらに向け、調理の様子を覗いている。

「でもよ、一回くらいは入ったろ?」
「…なんの話だ?」
「だぁら、千夏と風呂」

思わずブッと吹いてしまう。咄嗟に顔を横に向けてフライパンに毒霧を吹かなかったのは料理人の
性というか職業病とも言うべきか。

「オイオイ、まさか…」
「あるわけねぇだろ」
「…はぁ?」

疑念を目一杯押し込めた一言を発し、小さな溜め息を吐いた後、

「あのさ、人んチにズカズカ上がってこーゆー事言うのもアレとは思うけどな、」

けどな?

「同棲してる意味あんの?」

正直、途中まで話が右耳から入って左耳から抜けている感があった。
だが、最後の一言だけは、両耳から入って脳の中枢で激突して大爆発を起こした。
図星というにも生ぬるい、例えるならケンシロウに秘孔を突かれたような気分である。
あまりのショックに商売道具でもあるフライパンとさい箸をそのままボトリと手放してしまう。
フライパンはコンロから落ちかけ、さい箸に至っては炎に直撃して箸先が燃え出している。

「うわおいちょっと何やってんだ箸燃えてる箸燃えてる!」

今、自分の顔がどんな風になってるんだろう。その確認のためだけに今だけ兄貴になってみたい。

「おおおおいコンロ落ちるフライパン落ちる!」

そうだよな、千夏となんで同棲してるんだろうな。オレもわかんなくなってきたよ。

「ってコラ聞いてンのかグズ亭主!」



「誰がグズだよ誰が!」

やっとそこだけ反応して反論して、同時に焦げ臭さを感じる。
さい箸の先端がコンロの火で燃え出し、すでに痩身ファイヤーロッドと化していた。

「おぉ!? やべやべやべ水水水!」

流しで水を全開にして思い切り消火、どうにか事なきを得る。

「セェーフ…」
「ったく…」

朝っぱらから大忙しだ。さい箸はビッコになるし、料理も少し焦げた、気が滅入る。

「はーぁ、兄として情けないわぁ。妹のダンナがこんな甲斐性なしじゃあよぉ」
「か、甲斐性なしとは失礼な、」
「…まぁ、正味な話、人それぞれの付き合い方ってもんもあるしな。彼女のいない俺っちがどうこう
言えた事じゃないよな」

なんか、言う事だけ言って逃げられたような気がしなくもない。

「…あれ。俺、昨日も同じような事言ってなかった?」
「言った」
「はっはっは、なーんだ、かっこいい兄貴ぶっても結局は妹の心配してんだなぁ」

兄貴は笑いながら、自分の後頭部をポンポンと叩いた。

「んじゃま、朝メシよろしくな」

兄貴はソファに横になって、目をつぶった。返事をする気にもなれなかった。

しばらくして、

「は~サッパリサッパリ」

シャワーから上がった千夏が、首に掛けたタオルで髪をワシャワシャしながら出てきた。

「ごはんは?」
「もーちょい。兄貴起こして待ってろ」
「りょーかいですっ」

千夏はソファで横になっている兄貴の横にヒザ立ちし、兄貴のTシャツを軽くめくって出した腹を
手の平で少し強めにパチンとやった。あーいい音。

「ッテェ!」
「ほらほら、二度寝するコは朝ご飯抜きですよ~」
「くそっ、おふくろみたいなこと言いやがって…」

兄貴は文句を言いながら身体を起こして、頭をこくりと垂らすと千夏がタックルして起こしていた。

「でっきあ~がり~」

完成した料理を食卓に運ぶ。溶き玉子とハムを塩コショウで炒めた単純な料理。
朝飯は早くてうまいのに限る。

「なんだなんだ、随分手抜きだなぁ」
「だったら食うな」
「ごめんなさい」
「よろしい」

兄貴とオレの掛け合いを見て、千夏は微笑んだ。

「いただきまーす」「いただきます」「いっただっきま~す」

注。前者兄貴、中者オレ、後者千夏。

「っあそうだ、坊主これから仕事だよな?」
「あぁ。坊主言うな金髪」
「帰るついでにお前ンとこの店寄ろうと思うんだけど」
「えーっ!? 帰っちゃうの!?」

いきなり千夏が割り込んでくる。

「昨日言ったろ? 明日ライブがあるからって」
「ライブ延ばせないの? もうちょっといてよぉ」
「バカ、オレ1人のせいでバンドの連中どころか客に迷惑かけるわけにはいかないだろ。まぁ、客っつっても
チケット売ってるわけじゃないから入るかわからんけど」
「そっか…。しょうがないね…」
「そうガッカリすんなって、ヒマあったらまた来てやっからさ」
「絶対だよ?」
「あー、約束だ」

千夏は嬉しそうにうなずいた。…オレ、すっげぇ複雑な気分。

「んでさ、電車ってこっちが上りでこっちが下りだよな?」

と言って兄貴は指であっちの方とこっちの方を指した。なんつーアバウトな。

「あー…、うん、そう」
「お前の店は?」
「三浦はこっからだと上り方面だけど」
「んじゃダイジョブだな」
「三浦で降りてまた乗るんじゃ電車賃余計に取られるぞ」
「ヘーキヘーキ、どうせ無人だろ?」
「有人」
「げっ…。ま、まぁ、俺に任せろって」
「あと、知り合いだからっておごらないからな」
「おいおい、さすがの俺だってメシ代払えるくらいの財力は持ち合わせてんぜよ」
「ならいいや」
「…俺ってただの金ヅルなのか…」

兄貴はしょげくれた。



「んじゃま、売れ出したらまた来るわ」
「うん。がんばってね」
「ビッグんなって戻ってきたらクラクションよろしくな」
「あはは、それを言うならクラッカーでしょ?」
「…ど、どっちでもいいんだよ。じゃな」

オレよりも先に出ていく兄貴を千夏が見送った。続いてオレも靴を履き、出る準備をする。オレと兄貴とで一緒に店に
行く予定になってはいるのだが―

「キート、早くっ」
「おぅ」

オレが出てこないのを怪しんで兄貴に戻ってこられると困るので、早めに用を済ます。
『いってらっしゃいの云々』を。

「いってらっしゃ~い♪」

満面の笑みと手振りで見送られ、云々のおかげで上機嫌の勇み足で玄関を出ると、
目の前にはオレを待っていた兄貴。なんか、気が滅入る。

「何が悲しゅうて朝っぱらから男と出勤せにゃならんのだ…」
「まぁそう言うな、一夜を共にした仲だろ?」
「おもっくそ別室だったぞ」
「障壁を貫く二人の熱い想いってヤツだ」
「…なに? 暑い重い? 最悪だな」
「俺の想いが重荷だってか」
「のし付けて送り返してやる」
「それじゃ俺、ナルシストじゃねぇか」
「バンドマンなんてみんなそうだろ?」
「そりゃそうだな、はっはっは」

端から見ればハイパーくだらない会話だけど、まぁ、ヒマはしないか。

「キーィトー! おに~ちゃ~ん!」

マンションの駐車場を歩いていると、上から黄色い声が降ってきた。二人して後ろを見上げれば、
千夏が身を乗り出して手を振っていた。オレは普通に手を振り返したのだが、兄貴は、

「千夏ぁー!! 俺、絶対ビッグに帰ってくるからなー!! 愛しイテ」

いきなりムチャクチャなことを言い出すもんだから、焦って兄貴の後頭部をブン殴った。
千夏は照れて部屋に戻ってしまった。

「アホかお前は」
「ンだよ、兄妹の涙のお別れシーンに水を差すお前の方がアホだ」
「これでウチの評判悪くなったら一生恨むからな」
「そん時ゃ俺がまた来てイメージアップライブでもやってやるって」
「イメージダウン間違いなしだ」
「あっ、ひで、いつかぜってぇ聴かしてやっかんな、涙流して感動すんぞ」
「ん? しんどくて泣けてくる、の間違い?」
「あっ、ひで」

端から見ればアルティメットに(略)。

「でもいいよなー、仮にもお前には彼女がいるんだから。俺の妹だが」
「うらやましいのか?」
「そりゃそーよ、男なら誰だって欲しいに決まってんべ」
「男の口から言うのも何だけど、兄貴、顔は悪くないと思うぞ? その辺の若い女ならすぐ引っかかるんじゃないか」
「いやー俺こう見えても奥手だし結構面食いなんだよなぁ」
「選ぶ余裕があるならさっさととっ捕まえちまえよ」
「おうおう、俺はそんな軽い男じゃないぜぇ?」
「ヘリウムより軽いって話を聞いたが」
「…俺バカだから、ヘリウムってなんだかわかんないや」
「風船に入れるガス」
「あっ、ひで」

端から見ればウルト(略)。

「でもさ、兄貴いるじゃん、彼女」
「誰よ?」
「右手」
「あっ、コノヤロ」
「うわバカジョークだジョーク」

ふざけてヘッドロックをかましてくる兄貴と、笑いながらロックを外そうとするオレ。
…こういうのも、たまには悪くないな。

駅の無人改札を過ぎると、間もなく電車がやってきた。もちろん、時間を合わせて出てきたからである。
ドアが開いた途端、兄貴はアチーと呻きながら電車に突入、あんま涼しくねーじゃんと愚痴をこぼして
適当な座席に座った。向かい合わせなので反対の椅子にオレが座る。

窓側に座った兄貴は、頬杖を突いてボンヤリと外を眺めていた。

「こういう眺めもたま~にはいいけどさ、ず~っと見てっと息詰まんねぇ?」
「はぁあ? 普通、逆だろ?」
「俺もうすっかり都会人だからなぁ。ネオンキラキラワイワイガヤガヤの方が性に合うみたい」
「ふ~ん…」

オレも改めて外の景色を見やって、

「オレは好きだけどなぁ…」

つぶやくように言った。



『三浦ー、三浦ー』

「お? 次で降りんだっけ?」
「そ」
「よーし見てろよ俺様のキセル術、駅前で合流な」
「捕まるなよ」
「バカ言え。俺を誰だと思ってる、キセル王の栄治だぞ」

そう言って兄貴は車両の後ろの方に走っていった。最初は何故だが理解できなかったが、電車が三浦駅ホームに
到着してすぐにわかった。オレたちが座っていた車両先頭だと、三浦駅改札口から丸見えになるからだ。
さすがは兄貴、見知らぬ土地でもキセル王のスキルはバリバリってわけだ。

オレはいつも通り定期を見せて駅を出たが、兄貴の方の首尾は如何なものか。
駅の周りは入り口以外草ボーボーだし、線路脇は延々有刺鉄線だし、どうやって抜け出す気だ?
まぁ、言われた通りに待ってみるか。


…5分後。現れる気配はない。


…10分後。一向に現れない。


…15分後。仕事に間に合わなくなる、兄貴など捨てて職場に向かおう、と思った刹那、改札から兄貴が出てきた。
全身葉っぱだらけになって、心なしかだいぶやつれ顔になった兄貴が、改札から………改札から?

「おい」
「おぅ…」
「キセル王?」
「…イカサマがバレて平民になりました」
「ご愁傷様」

やつれ兄貴を引き連れて、すでに遅刻ぎみの職場に向けて走った。
まだカーテンこそ閉まってはいるが、すでに開店前の雰囲気が外からでも感じられた。やべぇ。

「兄貴のせいだぞっ」
「220円…」

運賃のことを言ってるらしいが、そんなこと構ってらんねぇ。慌てて店のドアを開ける。

「スンマセン遅れましたッ」
「お~秋人くんおはよう、遅かったねぇ」
「おはよーございまーす」

すでに開店前の準備はあらかた済んでいて、毎朝恒例の茶飲みが始まっていた。

「ホントスンマセンちょっと色々あって今準備しますんでホンぐぇ」

とにもかくにも慌てていたもんだからと前進の足を踏み込んだ瞬間、
いきなり首根っこを掴まれて全体重が襟に乗った。
ヘタすりゃ軽く昇天にまで至るほど喉が絞まり、オレの人生ここに全うかと思う。

「俺様を置いてくな坊主」
ガホッ…バ、バカッ、死ぬトコだったぞ!」
「お?」「よ?」

オレの後ろから現れた、先ほどの一件でややボロくさくなった見慣れぬ金髪のチャラ男を見て、
店長と琴美が反応した。

「あどーもお初にお目にかかります、コイツの将来の兄オェ」

またいきなりトンデモネタを振り撒きやがるもんだから、喉絞めの仕返し含め慌てて腹に肘鉄をブチ込んでやった。

「いやあの、知り合いなんですよ知り合い、朝飯食ってないっていうから連れてきただけで」
ゲフッ…い、いや、朝飯は食、」
「えぇい黙っとけ!」
「あぁそうでしたか、いやわざわざウチに食べに来てくださるなんて、光栄ですなぁ」
「いえいえどもども」

こんなバカに律儀に挨拶する店長がお労しい…。

「開店までもーちょいあるから、兄貴は外で待っとれ」
「えー別に中で待っててもいーじゃん涼しいし」
「そうだよ秋人くん、せっかくのお客様なんだから―」

なんか無性にイライラしてきたから、諸悪の根源たる兄貴を外に蹴飛ばしてやった。ぐわー、って言った。そして、

「さぁみんな、早く茶飲みを終えてお店を開けようじゃないか!」

過剰なまでの宝塚スマイルで、他の二人に同意を求めた。二人は、やや引いていた。



改めて、兄貴様のご入店。

「いらっしゃいませー」
「あーすずすぃー」

開放感と極楽に満ち満ちた顔をする兄貴に、琴美が、

「お好きな席へどうぞ」

まぁ、どうせ誰も座っていないんだから、もう床にでも棚の上にでも座ってくれって感じ。
偶然か、千夏が座ったのと同じ座席に兄貴は腰掛けた。兄弟だからクセも似るのか?

琴美が水を置き、同じくして、

「こちらがメニューになります」
「あ、どもども」

差し出されたメニューを受け取り、品定めする兄貴。…兄貴の外見がアレだから、随分滑稽な情景だった。

「んじゃ、キミの唇を一つ」

ブッ。
またバカなことを口走るもんだから、厨房から走ってツッコみを入れに行ってやろうと動いた瞬間、

「ごめんなさーい、予約済みなんです」
「は」「え」「ほ」

琴美以外の全員、皆一様に、目を点にしていた。耳を疑いたくなるような、琴美の衝撃の一言に。

「あ、いやその、冗談です、冗談」

琴美は焦り半分照れ笑い半分で弁解した。シャレにならない、しかしシャレで良かったシャレに、皆安堵した。
安堵の理由は様々だが、琴美と初対面である兄貴の安堵は、最も軽薄で下心だらけなのだった。

「じゃ、じゃあ、カルボナーラ絹織り風を一つ」
「かしこまりましたー」

受けた注文をオレに届け、調理を開始する。絹カルボはウチの人気メニューのひとつだから、作り慣れていた。

料理が出てくる間、暇を持て余している兄貴は、店内をぐるっと見渡した。

「いやーいい店ッスねぇ、店長さんの代からやってるんですか?」
「そうですねぇ。昔は嫁さんと切磋琢磨してましたけど、今は若い二人にお任せしてます」
「へぇー。こうやって自分の店を持つのって、なんかカッコイイっすね」
「キミも料理をやるのかい?」
「あ、いや、俺は音楽やってんスけど、将来は自分がオーナーのライブハウスでも作れたらいいなーとか思っちゃったり」
「夢を持つのはいい事です。目標に向かってひたすらに努力すれば、誰でも夢を叶えることはできますよ」
「ははー、ありがたきお言葉」

気さくな兄貴だから、年の差関係なく誰とでも会話が弾むようだ。


「お待たせしました、カルボナーラ絹織り風です」
「あいどもども」

目の前に置かれたカルボナーラを見て、一言。

「見た目はいいよな、見た目は」

うっせぇな。

「ほんじゃ、いっただっきまーす」

フォークで差して巻いて、一口。

「うん、うまいうまい」

…照れてないぞ、照れてなんか。

「まぁなー、アッキーの取り得なんて料理しかないもんなー」

やっぱぶっ飛ば―

「そんなことないですよ?」

…へ?

「料理が得意な以外にも、結構気を遣ってくれたり、手伝ってくれたり、」

なんで…?

「他にも秋人さんのいいところ、いっぱいありますから」

なんで、琴美がフォローしてるんだ…?

「あ、あぁ、そうだよね、アッキー他にもメリットいっぱいあるよな、うん」

琴美の意外な反応に驚いたのは兄貴も同じで、しかし兄貴はそういうことか、、、、、、、と一人で納得した。



「アッキーともお別れだなぁ」
「その呼び方、勘弁してくれ…」
「似合うべ? 呼びやすいし」
「…別に、何だっていいけどな」
「そうそう、別れ際に泣き口上はつまらんってな」

会計を済ませた兄貴と外に出たオレは、店の軒先のオーニングの下で話していた。

「達者でな」
「おぅよ、言われなくてもバリバリやるさ」
「落ちぶれてサラリーか大工、なんてやめてくれよ?」
「バカヤロ、落ちぶれたらギター職人になってやんぜ」
「アンタ ボーカルだろ?」
「ナーニ言ってんだ、唄いながら弦弾けなきゃ今時やってけねって」
「へぇ」

あれ。今時楽器ナシで音が出せないとやってけない、とは誰の言葉だったか…。

「まぁ、落ちぶれんよーに適当に頑張れ」
「あぁ、お前もな。そんじゃ、今度はブラウン管越しにまた会おうぜ~」

兄貴は後ろ姿を見せながら去りつつ、顔の横でヘラヘラと手を振った。左肩に背負ったギターが重そうだった。

店に戻、

「おい」
「うおっ!」

いつの間にか、兄貴が戻ってきていた。しかも何故か、神妙な面持ちで、メッチャ顔近づけて。

「自分で腹決めてここまで来たんなら、千夏と別れるなんて絶対に考えるなよ」
「え、あ、あぁ…」
「何があっても、どんな障害があっても、例えそれが親であっても、絶対だぞ」
「え、そ、それって、」
「わかったか?」
「っ、わ…、わかった」

すると兄貴はニンマリと笑顔になって、

「それでよ~し。んじゃな~」

また肩越しに手を振って、今度こそ兄貴は去っていった。
切迫した声で言い迫ってくるものだから、こちらもつい萎縮してしまったが―


そんなこと、言われなくたってわかってるさ。

そう言えなかったのが、ちょっと悔しかったかもしれない。


今度こそ店内に戻ると、何故か微笑ましい琴美が、

「ユニークで素敵な方でしたね」
「はぁ? そうかぁ?」
「はいッ。良いお兄さんがいらしたんですね」

…はい?

「いや、アイツは、」
「あっ、秋人さん後ろ、お客さんですよ」
「え、あ、う、」

渋々慌てて厨房に戻る。

…そうか、ついクセで兄貴兄貴呼んでたし、琴美のことだから『ケンカするほど仲がいい』とでも思って―

ゴーカーイーだーッ!!