ピンポーン。
要注意人物警報発令。
酔っ払いが来ました。
私、酔っ払いは苦手です。好きな人はいないだろうけど。
気持ち良さそうに酔っ払っている姿を見ているのは悪くないのだけれど、他人に迷惑をかけてしまう場合が多いし、やっぱりお酒臭い。
しかも私は今、コンビニのバイト店員ということで、お客様と接しなければやっていけない仕事をしている。
他に客はいない。
酔っ払いさんは、大概誰かに絡んでこようとする。
喋りかけてくる。
お酒臭い。
お酒臭くなければ、迷惑なことをしなければ、なんとか上戸だろうとお話しするのはどちらかと言えば好き。
ただあの、見るからに悪酔いしていそうな、お顔の上の方が閑古鳥で服装乱れまくりのサラリーマンには期待できなさそうなので、今からげんなりしておくことにする。
フラフラ千鳥足で入ってきたサラリーマンは、棚にぶつかりそうでぶつからない絶妙な揺れを繰り返しながら店内をウロつき始めた。
あぁあ、棚にぶつかって商品が崩れたら直すの私なんだから、やたらと歩き回らないでー!
なんていう目で見ていたら、目が合ってしまった。
「ぅおぅっ! ねぇちゃん、朝っぱらから、ごっくろーさん!」
「いえいえ、お気遣いどうもです」
まだ真夜中なんですけど…。
「オレんな、そこのアミリャートっちゅうトコで、よぉベッピンなねぇちゃんがかわいがってくれてよっ」
「あはは、良かったですねぇ」
近所にある呑み屋さんまたはそれよりピンク色が濃いお店に、そんな名前はない。
でも、漢字ばかりの名前の中で唯一カタカナのお店、サンパギータという所はあるけれど。
…全然違うじゃん。
「いっや~、ウチのかみさんもむっかしゃ色っぽかったんだけどなぁ、今じゃあどこで何しとるやら」
「えっ? 失礼ですけど、ご一緒ではないんですか?」
「ん~なぁ、愛想尽かれて出てっちまったい」
「それはそれは、大変ですね…」
「おっ!? こんな若ェねぇちゃんに心配してもらえるなんて、オレもまだまだ捨てたもんじゃねぇってか!? ではははは!」
とかなんとか、ヒューマンウォッチャー的には色々と聞いてもいないこともたくさん話してくれるので嬉しいし楽しい。
が、お酒臭い。
これさえなんとかなれば、ね…。
「まっ、かみさんなんざいなくたって生活できよるし、余った金で風俗行き放題っ! これぞ男の天国也ぃ~!」
う~ん…。
結婚って、そんなもんなんだろうか。
このまま平凡な生活が続けば、きっと平凡に恋愛して、平凡に結婚するんだと思う。
晩婚化が進んでいるだとか、結婚しない人が増えているだとか、熟年離婚だとか、夫婦のあり方が色々と問われている時代だけれど、結婚という制度自体はま~だまだ平凡で普遍的な出来事のはずで、私もいつか、する…はず。
今はもちろん、結婚のことなんて欠片も考えていない。
明日のご飯を食べることで精一杯だし…。
焦ることでもないし、焦ってどうこうなることでもない。
平凡な運命に身を任せて、なるようになるでしょ、ってカンジ。
ただ、サラリーマンのお話しを聞いてしまうと、結婚って何なのかなぁって、考えてしまう。
結婚に対する考え方だって人それぞれで、結婚は絶対しないと考える人だっているし、価値観だって違う。
お互いが納得した上で籍を入れず、内縁という形でも幸せな家庭を築いている人もいるし。
結婚と離婚を繰り返して、結婚することの意義を見失っている人もいる。
私は…。
結婚という契約を、どう考えているのだろう。
ただ恋人と夫婦になって、子供をもうける、ただそれだけの関係ではないことはわかってる。
好きだから結婚した。子供ができたから結婚した。ラクをしたいから結婚した。
そういうことだけじゃないのは、わかってる。
…やっぱり、よくわからない。
たぶんお母さんに聞いてもちゃんとした答えは返ってこないだろうし、ちゃんとした答えなんてそもそもないだろうし。
結婚してみなければ、わからないのかな。
結婚してみれば、わかるかな。
いつか、自分で納得のできる結婚ができれば、自ずと答えは出てくるはず。
結婚のきっかけは色々なんだろうけど。
それで失敗したと思えば、離婚だってできるし。
そっか。そういうことか。
勉強になりました。
結婚っていう言葉の意味を定義付けるのは、難しいってこと!
どうせ私は平凡な人生なんだから、難しい結婚なんて考えなくてもいいのだ。
そういうこと。
なんか全然勉強になっていない気がしないでもないけれど、すごく勉強になった気がして、サラリーマンに感謝しなくちゃ。
「お客様」
「うん?」
「ありがとうございますっ」
「…ん~? まいいや、どーいたしまし、てーっ!」
サラリーマンは大げさな敬礼のポーズを取った。
「そいじゃ~オレぁお先失礼しますわ、かみさんがコレもんでさぁ」
「あれ? 奥さん、出て行かれてしまったんじゃ…」
「おぅ? そんなこと、言ったっけか?」
えぇ~…。
そりゃないよぉ…。
仕方ないか、酔っ払いさんだし…。
「まった来週~!」
「ありがとうございましたー」
何も買っていないけれど、立ち去っていくサラリーマンにもう一度、お礼を言った。
そしたらサラリーマンさんは、いきなり苦しそうな顔をして。
駐車場に、とてもとても、素敵な、おみやげを…置いて、いきました…。