いい加減な割りに目覚めを良い花火はすでに朝食を食べ終え、7時半には家を出ています。
これだけ早く出れば椿もいないだろうと睨んだ花火の酷な作戦だったのです。
(こんだけ早けりゃさすがのあいつもおらへんやろ…)
ですが花火の作戦はもろくも崩れ去りました。あの十字路に椿が待っていたのです。
花火は大きな溜め息を吐きました。肩を落とし、椿が付いてくるのを確認して学校を目指します。
学校に着くまで椿は花火の側から離れようとしません。花火が早足で歩けば椿も早足で歩きます。
教室に着いたら着いたでやはり男子達に取り囲まれてはやし立てられてしまいます。花火もグッタリ。
「お前と冬矢、やっぱデキてんだろ!?」
「さっきもラヴラヴしながら仲良く登校してきたじゃんか!!」
「転校して一日でカレシなんて度胸あるな、冬矢!」
人は他人の恋事にチョッカイを出すのが好きな生き物ですからこういう騒ぎも日常茶飯事。
またしても有象無象に騒がれて、焦りながら否定する花火でした。
「だからちゃう言うてんやろ!こいつが勝手に付いてきてるだけや!なっ、そうやろ!?」
確かめるような口ぶりで言いながら振り向いて椿を見ますが、顔を赤くして俯いています。反応がありません。
それが男子達に更に誤解を招いてしまいました。すでに花火と椿の関係を確信しています。
花火はすっかり脱力し、否定も何もしようとせずに自分の机でノペ~っと項垂れてしまいました。
…昼休みになりました。花火は学食でパンを買い、教室のベランダで昼食を食べています。
当然の事ながら椿も一緒に行動しています。花火も諦めの境地でもう何も言いません。
「なぁ、冬矢」
「?」
突然声をかけられて、椿はパンをくわえながら花火の顔を見ました。
「転校してきたんやろ?」
椿はこくっと頷きました。
「前はどこに住んでたんや?」
「栃木…です…」
「栃木か、ワイは行った事ないな」
「煎御谷くんは…大阪…?」
「そうや。5年前におとんの仕事の都合でここに越して来たんや」
それを聞いた椿は相づちを打っています。すると花火は何かに気が付きました。
(なんでこいつと普通に会話してんねん…あかんあかん、無視せぇへんと)
…放課後になりました。花火が教室を出ると、親子連れのように椿がそのあとを付いていきます。
「冬矢、部活やらへんのか?」
椿はこくっと頷きました。
「なんでや?」
「運動…苦手だから…」
「はぁ~」
花火の通う学校はどちらかというと体育系を重んじており、文系や化学系の部活がほとんどないのです。
体力もなく身体を動かす事が得意ではない椿にとっては望んでいる部活がないのですね。
下校中ももちろん椿は花火に付いてきています。側に寄り添って全く離れようとしません。
何故ここまで花火に付き添うのでしょう?なにか理由があるのでしょうか?花火は気になって仕方がありません。
「冬矢」
「?」
「なんで付いてくるんや?」
椿は俯いてしまいました。花火がすかさずフォローを入れます。
「や、もう諦めたから。付いてくるなとは言わへんから、ワケを教えてほしいんや」
「ダメ…ですか…?」
「ダメとかちゃう、ワケを聞かせてほしいだけや」
「…」
何かを言おうとする椿ですが、言葉がノドにひっかかってなかなか出てきません。顔が赤くなっています。
なにも言わない椿に花火は困ってしまいました。頭をポリポリと掻き、家に向かって歩き出しました。
途中の十字路で2人は別れ、各々の家に帰ります。
…時は経ち、翌日。早起きな花火ですが今日はいつもの7時50分に家を出ます。
どうせ早めに家を出ても椿は十字路で待機している、そう思ったのでしょう。もう拒む気力もないようです。
登校途中の十字路に椿が待っていました。寒そうに手をこすり合わせてハ~っと息をかけています。
声のトーンは低いものの、花火は椿に対して軽く挨拶をしました。
「よっ」
「あ…」
いきなりの挨拶に驚きながらも花火の接近に気が付いた椿は、花火に小さくお辞儀をしました。
特に言葉は交わしません。でも、椿は当然のように花火の後ろにくっ付いて学校を目指します。
教室に着いて男子達にはやし立てられた事は言うまでもありません。懲りませんね、この人達は。
…昼休みになりました。花火はいつものようにパンを買いに学食へ向かいます。もちろん椿も。
おや?レジで椿になにやらハプニングが発生した様です。一体なにがあったのでしょう?
「…どうしよう…」
「ん?どないしたんや?」
「おサイフ…」
「忘れたんか?」
椿がこくっと頷きました。この時すでに花火はパンを購入していました。どうしたものでしょう。
このまま見捨てるのも男としての資質を疑われかねません。花火は椿にパンを手渡しました。
「…やる」
「え…?でも…」
「気にすんなや、ワイがまた買えばええんや」
「……ありがとう…煎御谷くん…」
また同じパンを買おうとした花火がサイフの中身を確認しましたが、50円玉1枚と1円玉2枚しか入っていません。
ウッカリしていた花火は母親からお小遣いをもらい忘れていたのです。この手持ちではパンも何も買えません。
「ふ、冬矢、先に教室行っとけ」
「?」
「ええから先に行っとけって」
椿は小首を傾げながらも了承し、先に教室へと向かいます。そして花火はと言うと…。
仕方なく学食にいたクラスメイトの男子にお金を借りるハメになってしまいました。ちょっと情けないですね。
花火が急いで教室に戻ると、すでに椿はベランダでパンをかじっていました。
閉まる電車に駆け乗るようにベランダに飛び出し、あわや激突かという寸前で柵に手を当てて止まりました。
「…よっ」
「…」
見るからに慌てて走ってきた様子の花火を、椿がじ~っと見ています。
「なんや?」
「冷や汗…」
「そ、そんなんちゃうわ!急いで走ってきただけや!」
「怒ってる…」
「お、怒ってへんわ!」
花火の慌てふためく反応がおもしろかったのか、椿は小さくクスッと笑いました。
「わ…笑うなや!」
「ごめんなさい…」
謝りながらも微笑んだまま椿はパンをかじり、花火もパンの封を開けて一口食べました。
少しの間を置き、花火が少し神妙な面持ちで椿に質問を投げかけました。
「冬矢。いい加減、話してくれや」
「?」
「なんで付いてくるんや?」
「ぁ…」
やっぱり椿は俯いてしまいました。
「や、あの、だから、もう付いてくるなとは言わへんから、ワケを聞かせてくれればええから」
「…えと……その……」
花火はその事が気になって仕方がないのです。以前は諦めてしまいましたが、今度は椿が喋るまで
じ~っと待っています。椿は椿で『言えそうで言えない』、そんな表情を浮かべています。
…1分が経ちました。両者とも譲りません。と、花火が大きな気配を感じて背後に目をやりました。
そこには大勢の男子達が群がって、花火と椿の様子を窓越しから傍観していたのです。
「お前ら何見とんねん!見せモンやないんやで!」
窓ガラスをドンドンと叩いて男子達を追い払おうとしますがなかなか退きません。
そうしている内にチャイムが鳴り響き、群がっていた男子達は席に戻ります。結局また理由が聞けませんでした。
(明日こそは聞き出したるでぇ…)
…放課後。椿は花火の後ろに付き添い、一緒に家に帰りました。