(俺は…どうして走っているんだろう…どうして逃げているんだろう…。
息を切らし、体力も限界だ。なにから逃げているんだ、俺は…)

「いたぞ。追え、逃がすな」

(あの野太い声…そうか…俺はあいつらから、あいつの組織から逃げてるんだったな…。
ヤツらはこのペンダントを欲しがっている。だが、これをヤツらに渡すわけにはいかない。
母さんは俺にこのペンダントを託し、誰にも渡してはいけない、そう言いながら死んでいった。
だからこのペンダントは渡すわけにはいかない。このペンダントだけは誰にも譲れない)

(! しまった、ガケか。早く引き返さないとヤツらが…)

「もう逃げ場はないぞ。さぁ、ペンダントを渡すんだ」
「ふ、ふざけるなっ!これは誰にも渡さない!」

(ガケの下は…川か。このままペンダントを奪われてやられるくらいなら…)

「よし、今だ。ペンダントを奪え」

(くっ…仕方がない、飛び降りるか)

「なにっ!?あいつ、死ぬ気か!?おい!部隊を川の下流へまわすんだ!急げ!」

ガケから飛び降り、川に強く打ちつけられた。そこから先は意識をなくしていた。



「もしもし」

(…だれ…だ…?)

「もしもし、しっかりしてください」

(…ダメだ…意識…が…)



(ん?ここは…どこだ?)

気が付くと、そこはベッドの上。フレイは民家の中に居た。

「あ、お目覚めになられたんですね」

フレイの眼前に現れた、ストレートヘアで浴衣のようなものを着た少女。

「ここは…?」
「わたしの家です」
「アンタが…助けてくれたのか?」
「はい。川原で倒れているのを見つけて」
「そうか…すまない」
「情けは人のためにあらず、です。お腹、空いていますか?」
「あぁ」
「お食事を用意しますから、横になって安静にしていてくださいね」
「…すまない」

(見ず知らずの人間にここまで優しくできるとは、少し驚きだな)

「あのさ」
「はい?」
「名前、まだ教えてなかったよな」
「はい」
「俺の名前は賦零だ」
「フレイ…さん、ですか?」
「そうだ」
「あの…名字は?」
「憶えてないんだ。名字が必要になったことはない」
「そうですか…」
「アンタ、名前は?」
「わたしですか?わたしは秋町 唯(あきまち ゆい)です」
「唯…か。おっと、料理の邪魔をしてしまったな」
「いえ、気にしないでください」

(…あっ!?)

「ペンダントは!?ペンダントはどこだ!?」
「ペンダント…ですか?フレイさんを助けた時には見当たりませんでしたよ」
「そうか、流されている時になにかのキッカケで鎖がちぎれたんだ」
「そんなに大切な物なんですか?」
「母さんの形見なんだ。失うわけにはいかない」
「でしたらわたしも手伝います、ペンダント探し」
「ん…そう言ってくれるのは嬉しいが、ダメだ」
「え?」
「俺は組織に追われてる。アンタを危険な目に合わせるわけにはいかない」
「…でも…」

唯の表情がとてもさびしそうだ。

「川についてなにか情報をくれれば助かるんだが」
「あの川は、南のユニオンパースという大きな街の湖まで流れているんです」
「そこに行けばなんとかなるかもしれないな…」
「ですが、ここからユニオンパースに行くには虻谷(あぶや)の森を通らなければ行けません」
「虻谷の森?」
「道が迷路のように入り組んでいて、通り抜けるのは困難な森です」
「まいったな…すぐには辿り着けないってわけか…」
「大丈夫です、わたしが道を知っていますから」
「そうか、それは助かるな…ん?それって、アンタも一緒に来るって事か?」
「もちろんです」
「あのな…さっきも言った通り、俺の側にいたら危ないんだ。それはできない」
「わたしがいなければ森は通れませんよ?」
「うぐっ…」
「それでもダメですか?」
「…仕方ない、ユニオンパースまで頼む」
「わかりました」

目的地、ユニオンパース。街の大きさでは1、2を争う巨大都市である。

「フレイさん、できました。冷めないウチにお食べになってください」
「あぁ。すまないな、助けてもらった上に食事まで」
「お気になさらないでください。困っている方を助けるのは人として当然ですから」
「…変わってるな、アンタも」
「?」
「それより、これはなんだ?」
「お茶漬けです」
「お茶漬け?」
「ご飯に具を乗せてお茶をかけたものです。すぐに食べられて、とても手軽なんですよ」
「ん、確かにうまい」
「お腹に足りないようでしたら言ってくださいね。おかわり、作りますから」

フレイは口に食べ物が詰まって喋れず、こくっと頷いて返事をする。

唯の料理ですっかり満腹になったフレイは、明日に備えて眠る事にした。