「フレイさん、朝ですよ。起きてください」
「ふにゃ…?」
「お目覚めになられましたか?」
「んとね…ボクね…」
「はい?」
「…ぐぅ」
「もぅ…」

「唯殿、下がっていてはくれぬか」
「ダーゼンさん?」
「この馬鹿弟子はテコでも起きない極度の低血圧じゃ。恐らくワシでなければ一度では起きんじゃろ」
「わかりました」

「はぁぁぁあ………起きんかこの馬鹿弟子!!!
「うわっ!?」

フレイはとっさに目を覚まし、身体を起こす。

「ん~…ジイさんの目覚ましは効能がいいなぁ…」
「なに寝ボケた事を言っとるか。早々に起きぬと唯殿の手料理を全てたいらげてしまうぞ」
「あ~、それは困る。起きよう」
「ワシは先に稽古場で待っとるぞ、もたもた食っとったら素振り100本じゃからな」
「へいへい…」
「じゃが唯殿の手料理はじっくりと味わうのだぞ」
「横暴だ…」

ダーゼンは稽古場で待機、フレイは居間で朝食。

「そうだ。唯、まだ言ってなかったよな」
「なんでしょう?」
「俺、ここでジイさんに稽古をつけてもらう事にしたんだ」
「わかっています」
「は?」
「フレイさんとダーゼンさんのお話し合い、台所まで聞こえていましたから」
「あぁ…なるほど…」
「がんばってくださいね」
「あ、いや、俺が聞きたかった事はだな。唯はそれでもいいかって事なんだ」
「わたしが…ですか?」
「期間とかは決めてはいないが、しばらくここに居る事になる。それでもいいか?」
「もちろんです。わたしの手料理を食べていただけるのはとても嬉しいですし」
「ん。そりゃ良かった」
「早くお食べにならないとダーゼンさんに叱られてしまいますよ?」
「っと、そうだったな」

フレイは慌てて食事を済ませ、稽古場へと向かう。

「遅いぞ馬鹿弟子!」
「これでも急いだんだけどな…」
「問答無用!素振り100回じゃ!」
「へ~い…」



「うむ、今日はこのへんで良いじゃろう」
「う…動けない…」
「この程度でへばるようでは、お主もまだまだ未熟じゃの」
「そんなぁ…」

覚束ない足を引きずりながらダーゼン宅に戻る。

「おかえりなさい、フレイさん」
「ただいま…」
「お風呂が湧いていますのでどうぞお入りになってください」
「すまないな…」

…風呂から上がり 晩飯を食べ終えると、フレイはその場でパッタリと寝てしまう。

「フレイさん、ここで寝てはいけませんよ。風邪をひいてしまいます」
「…へぁ?」
「ちゃんとお布団でお眠りになってください」
「うん…わかった…」

今にも倒れそうなフレイに唯は肩を貸し、寝床へ連れて行く。

「おやすみ~…」
「おやすみなさい、フレイさん」

唯が居間へ戻ると、ダーゼンが食事を済ませて胡座をかいていた。

「唯殿、美味であったぞ」
「ありがとうございます」
「あ奴は寝よったのか?」
「はい。とてもお疲れのようでした」
「まったく、若い割に体力がなくていかんの」
「…ダーゼンさん」
「む?」
「教えていただきたい事がございます」
「なんじゃ?」
「フレイさんの生い立ちについてです」
「うむ…じつはな、ワシも良くは知らんのじゃ」
「え?」
「奴が話そうとしないのじゃよ」
「フレイさんが…ですか?」
「奴はその話になると過剰に拒否するのでな。嫌な過去があるのじゃろう」
「それで…フレイさんは何故ダーゼンさんの元で暮らしていたのですか?」
「あれは13年前じゃった。ワシが川で水汲みをしていたら、上流から人間が流れてきての。子供じゃった。弱りきってはいたが、まだ息はあった。ワシはその子供を助け、看病した。その子供がフレイじゃよ」
「なんだか似ていますね…わたしとフレイさんが出会った時と」
「初めのうちはえらく閉鎖的な性格で、よくワシを困らせたものじゃった。じゃが共に生活しながら次第に心を開き、今のような性格になったのじゃ。少しヒネくれてはおるがのぉ」
「ふふ…」
「そして5年前、ワシは奴に旅をさせた。それから今日まで一度も会っとらん」
「そうだったんですか」
「おぉっと、つい長話をしてしまったの」
「いえ。こちらこそ、お聞かせしていただいてありがとうございました」
「さて、ワシは風呂に入らせてもらうとするかな」