「行くのだな…フレイよ」
「あぁ。ここに居ても前には進めないからな」
「用心するのだぞ。唯殿を守れるのはフレイ、お主だけじゃ」
「いや、俺だけってわけじゃ…」
「なに弱気な事を言っておる。それくらいの意気でないと唯殿を守りきれぬぞ?」
「ん…そうだな」

「ダーゼンさん、お世話になりました」
「唯殿も達者でな。この馬鹿弟子になにかされたらいつでもここに来て良いぞ」
「ふふ…わかりました」

二人は別れの挨拶を済ませ、ダーゼン宅を後にする。

「ん~…」
「どうした?唯」
「ダーゼンさん、やっぱり見覚えがあるんです…」
「どうでもいいじゃないか、ジイさんの過去なんて。武術大会で優勝したわけでもあるまいし」
「あっ…それです」
「は?」
「ダーゼンさん、ユニオンパースの武術大会で幾度も優勝者した強者なんです」
「あの…ジイさんが?」
「フレイさんの一言で思い出しました」
「人の過去は千差万別…だからって、あのジイさんが…。謎だ…」
「ところで、次はどこに向かわれるのですか?」
「アイスヴィクスンでなにか手がかりを探そう。今はなんの情報もないから動きようがない」
「わかりました」

次の目的地、アイスヴィクスン。特殊な気候に守られた寒冷地。

山道を下っている途中、フレイがある事に気付く。

「…唯」
「はい?」
「ごく自然に歩いてるけど、怖くないのか?」
「なにがでしょう?」
「だから、その…高いとこ」
「あ…」

まるで壁に阻まれたかのようにその場でピタッと足が止まる唯。

「せっかく…忘れていましたのに…」
「そうだったのか、すまない」
「あぅ…」
「ほら。おぶってってやるから」
「あ…でも…」
「登りの時だってそうしたんだ、なにも戸惑う事はないだろ?」
「…わかりました」

やはり頬を赤らめながら唯はフレイの背中におぶさる。

「んじゃ、さっさと行きますか」
「はい…」

事を急ぐ旅ではないが、意味もなくフレイは速足で山道を駆け下りる。
途中に通ったヒートロックは以前と同様の有り様で、二人も居心地が悪かったようだ。

…無事に下山。

「ん~、地べたは空気が濃くていいな」
「あ、あの…フレイさん」
「ん?」
「もう…歩けますから…」
「そっか」

唯がフレイの背中から降りる。おぶさっている間、唯は終始赤面状態だった。

「ありがとうございました…」
「気にするな、これくらいはお安い御用だ」
「ふふ…ダーゼンさんのお宅に着いた時と同じですね」
「そういえばそうだな」

二人は微笑しつつ、アイスヴィクセンへと向けて歩き出す。

「アイスヴィクセンへの道は?」
「ここからさらに西へ向かった所です」
「西か…よし、行こう」



アイスヴィクスンに近づくにつれ、気温がみるみる下がっていく。

「な、唯…寒くないか?」
「そうですか?」
「俺はかなり寒い…唯は寒くないのか?」
「少し肌寒い程度で、フレイさんほどではありませんよ」
「その…ヘンテコな服のおかげか?」
「ヘンテコではありません、『湯衣』です」
「ゆむい?」
「古来より伝わる伝統的な羽織物で、夏は涼しく、冬は温かく。四季を通して着られるとても便利な着物です」
「いいな、それ」
「残念ですが男性がお召しになる物ではございませんので…」
「そうか…」
「ごめんなさい…」
「唯が謝る事じゃないさ。でも、歩きにくくないのか?」
「いえ、そんな事はありませんよ」
「なんだか…ますます着たくなってきたな、湯衣。それと同時にさらに寒くなってきた…」
「アイスヴィクスンに着けばなにか暖かい食べ物があるはずです、ガマンしましょう」
「…だな」

…到着、アイスヴィクスン。

「まっさかヒートロックみたいな事にはなってないだろうな…」
「この気温ですからあまり屋外に人は出ていませんが、ヒートロックのような痛々しい視線はありません」
「なら大丈夫だな。まずは宿をとろう」

宿屋に入店する。

「お、いらっしゃ………ん?」

店に入るなり、宿屋の主人が唯を見て目を丸くした。

「なんだ?唯になにか用か?」
「え?あ、いえいえ、なんでもありません。ご宿泊ですか?」
「あぁ」
「長旅で疲れましたでしょう。そんなお方からお代をいただけません、料金はタダで構いませんよ」
「は?」
「ですから、ご宿泊代は結構です」
「…本当か?」
「えぇ、もちろんです」
「…なら、そうさせてもらうが」
「どうぞごゆっくり」

二人は宿屋の主人に案内された部屋へと向かう。

「当店自慢の露天風呂もございますのでどうぞお入りになってくださいませ」

そう言い残し、主人は去っていった。

「なぁ、唯」
「あの…フレイさん」

二人の声が重なる。同時に発言してしまったのだ。

「唯、お先に」
「いえ、フレイさんが…」
「ん…。店の主人、怪しくないか?」
「わたしもそれを言おうと思っていたのです」
「やっぱりか…。唯を見ては神妙な顔をするし、宿代はタダ。怪しさこの上ない」
「なんだかわたし…不安です…」
「なにもなければいいんだが…」
「…」

たちまち唯の表情が暗くなり、それを見たフレイが気を配る。

「唯…安心しろ。なにがあっても俺が守る」
「…ありがとうございます、フレイさん」

唯がその言葉を聞くと、不安に満ちた表情から一転、いつもの優しい表情に戻った。

…フレイがソファーで横になっていると、唯が話しかけてくる。

「フレイさん」
「ん?」
「宿のご主人、露天風呂があるとおっしゃっていましたよね?」
「あぁ、言ってたけど」
「少し湯に浸かりたいのですが…」
「そうしてくるといい、疲れがとれるぞ」
「わかりました」

唯の表情、声色から察して、嬉しいような悲しいような、そんな風にフレイは聞き取れた。

(ん…?待てよ?露天風呂ったら、1人になるよな?その間に襲われる危険性は高い…)

「唯、待て」
「?」
「俺も入る」
「え…?」

唯が困惑の表情を浮かべる。

「入浴中に唯がヤツらに襲われたらそれこそ危険だからな」
「で…でも…」
「なんだ?」
「あ、あの…その…」

いつにも増して唯の顔が赤らんでいる。

「『俺も入る』って、別に唯と同じ湯に浸かるわけじゃないぞ。もちろん男湯にだ」
「あ…そ、そうなのですか…」
「意外に大胆な考えをするんだな、唯も」
「あぅ…」

まるでゆでダコのように顔を真っ赤にする唯。

「そうと決まれば早く行こう、露天風呂に」
「は…はい…」