ピンポーン。
 「バキューン! バババババーン!」
 ビックリした。
 短パンにタンクトップに襟足の長い髪をした小学生低学年くらいの男の子が強襲してきた。
 手にはオモチャみたいなマシンガンが握られており、私に向かって効果音を発射している。
 BB弾が出るかどうかはさておき、というか出たとしても私に届くかどうかも怪しそうな気品である。
 確かに今の私は疲れているけれど、疲れていなくても男の子に乗ってあげる私ではない。
 子供が嫌いなわけではないし店員としては乗ってあげるのが筋かもしれないけれど、一切乗ってあげる気にはなれない。
 私が冷めているのも一つ。
 あとは、乗ってもただ疲れるだけで私の貧乏解消には何もつながらないから。
 いや、損得だけで動く私だったらこの前みたいに結美ちゃんを保護したりはしないのだけれど、アレは人道的に意味があっての行動であり、今回は本当に疲れるだけ。
 かわいそうだけれど、今は冷徹なコンビニ店員でいよう。
 「あのー、ボク?」
 「ズババババー! バシューン!」
 聞いちゃいない。
 「あのね、ここはお店―」
 「ドドドドドキュンー! ズドーン!」
 …ああ、イライラしてきた。
 どうしたのかな、私。
 この程度、普段ならイラつくこともないのに。
 ストレス溜まってるのかな。
 最近、ちょっと生活が乱れてきたし。
 タイミングの悪い時期だし。
 レポートも山のように山積している。
 お金もない。
 普段は何も感じないちょっぴり不自由な生活も、何かがきっかけでバイオリズムが崩れてしまう。
 きっかけはわからない。
 ほんの些細なことで、忘れてしまったのかもしれない。
 しかし今、私は確かにストレスを感じている。
 こんなこと、いつものことなのに。
 平常に対してストレスを感じることそのものにもストレスを感じる悪循環。
 なんでこんなどうでもいいことにストレスを感じるんだ私は。
 いつもの営業スマイルでサラッと流してしまえばいいのに、私の顔は麻痺していた。
 思い返せば、さっきは何の罪悪感もなくしれっと過ぎった男の子への思いも、よくよく考えてみると少しひどいのではないか。
 ちょっとくらい付き合ってあげたっていいのではないか。
 小さい頃、忙しくても構ってくれた身の回りの大人たちを忘れたか。
 今の私は、現代のストレス社会に埋もれるただの冷めた女だ。
 そんな自分にもっとストレスを抱く。
 やさしく接してあげられない自分にイライラする。
 子供には何の罪もない、ただ構って欲しいだけなのに。
 それでも私の顔は、固まったまま動かない。
 悔しい。
 どうして人間は、こうも簡単にストレスを感じるのだろう。
 ストレスを感じないのは自然界で天敵がいないのと同じくらい死活問題だけれど、だからってこの時代はストレスに塗れすぎではなかろうか。
 いつからこんな時代になってしまったのだろう。
 子供の頃はストレスなんて感じたことがなかった。
 怒りを我慢する必要がないから。
 泣きたかったら泣くし、わがままを言いたかったら言えばいい。
 大人になったらそうはいかないから、我慢することでストレスを感じる。
 現代は、不満が多すぎるのだ。
 不満が増えたのか、不満に感じるわがままな人間が増えたのかは到底推し量れるものではないけれど。
 昔はもっと自然に気遣い合えて、互いがストレスを感じないように努力できていたのに。
 気遣うことに疲れを感じ、ストレスを覚え、罪のない人間に八つ当たりをしてストレスを発散する。
 子供の虐待がそれだ。
 この男の子も虐待されているのかもしれない…なんて、きっと取り越し苦労だけれど。
 子供には何の罪もないのに。
 いつかのキャリアウーマンさんも、ストレスでダメになってしまったっけ。
 少なくとも私は、彼女のように何もかも真っ白になってしまいたくはない。
 ストレスを感じるのが普通になってしまう社会にはいたくない。
 今すぐには無理でも、将来的にストレスを減らすにはどうしたらいい?
 簡単だ。
 未来を担う子供たちに、ストレスを感じさせなければいいのだ。
 よし、乗ってあげよう。
 「その鉄砲、かっこいいねぇ」
 「鉄砲じゃないよ! ウージーっていうんだ! イスラエル製の名銃なんだよ!」
 「へぇ~」
 全然わかんないや。
 「それ、弾は撃てるの?」
 「撃てるけど、危ないからってパパにBB弾買ってもらえなくて…」
 もっともだ。
 それ以前に対象年齢外な気もするけれど、そこはご愛嬌。
 「パパに買ってもらったんだ?」
 「うんっ! 誕生日プレゼントでね!」
 「よかったねぇ」
 「本当はM60が欲しかったんだけど、まだ早いって言われちゃった♪」
 てへっ。
 …かわいいけど、ちっともわかんない。
 どうやらこの子は銃器マニアらしい。
 将来は大物になりそうだ。
 「ところでボク、今日はパパと一緒?」
 「ううん、僕ひとりで来た!」
 なんてこったい。
 「一人で出てきちゃって、パパとママ心配しないかな?」
 「ダイジョブ、パパもママも出かけてていないから!」
 「こんな遅い時間に?」
 「うん!」
 別に、他人の家庭事情に首を突っ込む気はないけれど、両親不在で子供が自由に外出できてしまうっていうのはどうなんだろう。
 そういう時代、で片付けられてしまうのがちょっと怖い。
 …ちょっとじゃないかな。
 心配そうな私の顔を見て、男の子は言う。
 「ダイジョブだよ! おっかない人が来ても、ウージーでやっつけるから!」
 推察眼は大したものだけれど、それ、弾入ってないんじゃ…。
 「うん、それは頼もしいね」
 とかなんとか適当に言って、
 「そういえば、ボク、お買い物に来たの?」
 「ううん!」
 「おつかい?」
 「違うよ!」
 「お散歩?」
 「違う違う!」
 「じゃあ、なに?」
 男の子はニッコリ笑って、
 「強盗っ!」
 …。
 緊急スイッチを押す日はしばらく来なさそうだ。