「おかん、小遣い!全然ないねん!」
「銀行行ってないからこれっぽっちもないわよ、今日は納豆ご飯ね」
「…ホンマか?」
「えぇ、ホンマよ」
「…行ってきます…」

息子に渡すお金くらいはあるはずでしょうに、なんとダラけた母親だ事。反論しない花火も花火です。
今日こそは昼飯抜きな花火は肩を落として学校へと向かいます。途中の十字路で会った椿も連れて。

…授業中。花火は鉛筆も持たずに机にべた~っと寝そべって勉強に取り組もうとしません。
心配に思った椿が隣から声をかけました。

「煎御谷くん…」
「ん~?」
「元気…ない…」
「食いっぷしがないって大変やなぁ~、と思ってな…」
「?」
「や…なんでもあらへん…」

以降も花火は机に寝そべり、授業に全く参加しません。…元からこんな性格なのですが。

…昼休みになりました。やっぱり花火は寝そべって動こうとしません。
さらにお腹をグーグーと鳴らしてみっともありません。心配に思った椿が声をかけました。

「煎御谷くん…」
「ん~?」
「学食…」
「金ないねん、今日は昼抜きなんや」
「あ………じゃあ…これ…」

そう言って椿がカバンから取り出した、無地の布に包まれた弁当箱と思しき…弁当箱です。

「なんや、それ?」
「お弁当…」
「で?」
「良かったら…食べて…」
「ワイが?」

椿はこくっと頷きました。

「お前の昼飯なんやろ?」
「私は…パン…」
「あかんて、ちゃんと自分のがあるんやったらそれ食べんと」

椿は顔を小さく横に振り、グッと弁当箱を花火に差し出します。よっぽど食べてほしいのでしょう。

「ホンマにええんか?」

椿はこくこくっと二度頷きました。

「そやったら…遠慮なくいただくわ」

やや申し訳なさそうに弁当箱を受け取り、包みを取り去って弁当箱のフタを開けました。
食欲をそそるおかずの面々が姿を現します。あまり温かくはありませんがとてもおいしそうです。

「ほな…いただきます」

さすがの花火も恥ずかしいのでしょうか、やや控えめにおかずを口にします。
じっくりと噛み、味わっています。その光景を椿がジ~~~っと見ています。

「どう…ですか…?」
「ん、うまい」
「良かった…」
「料理うまいんやな、お前のおかん」
「ぁ…」

椿は俯いてしまいました。花火は狼狽しています。何か悪い事でも言ってしまったのかとドキドキです。

「これ…お前が作ったんか?」

椿が悲しげに頷きました。

「あ、ほら、その…ホ、ホンマにうまかったで。これなら毎日でも食いたいわ」

花火が必死に慰めの言葉をかけました。すると椿は少し元気を取り戻し、花火の顔を見ました。

「毎日作って来ても…いいですか…?」
「は?」
「お弁当…」
「ワイにか?」
「毎日でも…食べたいって…」
「そ、そうは言うたけどやな…」
「パンの…お礼…」
「だからって毎日弁当はキツぅないか?」

椿は顔を横に振りました。

「じゃあ…頼んでもええんか?」

椿は大きく頷きました。

「せやったら…頼むわ」

椿は微笑みながらまた頷きました。花火は引き続き弁当を食べています。
異性に毎日弁当を作ってきてもらうなんてとても大層な事なはずなのですが…
花火は昼食代が浮いて助かる、程度しか思っていないようです。鈍いと言うか、なんと言うか…。

…放課後になりました。花火と椿は一緒に家に下校します。
いつもなら十字路で別れて各々の家に帰るはずなのに、今日は少し違いました。
十字路を過ぎても椿が付いてくるのです。何故でしょう?花火が立ち止まって問い質します。

「冬矢、お前あっちやろ?」
「煎御谷くんの家…見たいから…」
「あ~…まぁ、見るだけならええけど」

花火の家は十字路を過ぎてすぐなのでそう時間も掛かりません。

花火の家に到着しました。椿が家全体を見上げています。少し口が開いています。

「…もうええやろ、ほなな」
「あ…また明日…」

椿は来た道を小走りで戻っていき、花火も家の中に入っていきました。