あれからちょうど1週間が経った、12月24日。世間はクリスマスムードでいっぱいです。
だけど暇人な花火は家でゴロゴロ退屈中、これっぽっちも動こうとしません。ナマケモノです。
すでに読み終えた漫画を読み返したりコタツに入ってミカンを食べたりとまったりパワー炸裂。
花火の通う学校では夏休みを短め、冬休みを長めなのでこの時すでに冬休みに入っています。
「ちょっと花火、起きなさい」
コタツで寝転がっていた花火が母親に煙たがられています。母親は掃除の途中なのです。
「あ~…ここはワイがキレ~にしとくさかい、他やってや~」
と言って花火は背中をウニョウニョくねくねと身体を動かしています。服の背中で掃除しているのです。
「バ、バカ!服が汚れちゃうじゃない!余計な仕事増やさないで!」
「わぁ~ったわぁ~った、起きますよ…」
花火は重い腰をあげて2階の自分の部屋へ逃げていきます。少し寒そうなのはコタツ上がりだからでしょう。
自分の部屋に来ても何もやる事のない花火、根っからの暇性のようです。ベッドの上でゴロ寝してしまいました。
…花火は夢の中。
…まだ夢の中。
…まだまだ夢の中。
…さて、今は何時でしょう?答えはPM7:21、それでも花火は夢の中。
あれ?何かお忘れではないでしょうか?誰かと約束していたような気がしますが…気のせいでしょうか?
「花火~、起きないと晩ご飯抜きよ~」
「…ん?」
母親の声で花火は目を覚まし、寝ぼけながらも時計を確認します。PM7:43、やっぱり何か忘れています。
「ん~…………………………んぁ!?」
今さら気が付いた花火がベッドから飛び起きて階段を駆け降ります。リビングのドアを勢い良く開けました。
「花火、晩御飯…」
「それどころちゃうわ!行ってきます!」
何を忘れていたのかやっと思い出したのです。椿とPM7:00に待ち合わせをしていたのですね。
母親の言葉を最後まで聞き取らずにテーブルの上にある自分のサイフを取り、家を飛び出しました。
待ち合わせ場所に向けて花火は全力疾走です、それでも過ぎた時間は戻りません。
これ以上遅刻しないようとにかく思いっきり力を込めて走ります。転びそうになりながらも…。
途中、花火はふと考えました。どうしてこんなに走っているのだろう、と。
だらしなくいい加減な花火が待ち合わせに遅れた程度でここまで急ぐはずがないのです。
でも今回ばかりは違いました。何が違うかなんて、今は誰にもわかりません。
…待ち合わせ場所、センターピュアに到着しました。センターピュアとは言わば多目的ホールの事で
市街地を通る大通りの真正面最奥、突き当たりにそびえ立つ大きな白壁の建造物です。
センターピュアの手前は円形の大きな広場になっており、中央には巨大なクリスマスツリー。
そのツリーの下には、不安げな表情を浮かべて誰かを待っている一人の少女が立っていました。
「冬矢っ!」
「あ…」
「うへぇ~…。す…すまん…、寝坊してもうた…」
「遅い…」
時刻はすでにPM8:02、さすがの椿の頭にも少しツノが尖っています。心なしか頬がふくれています。
「ホンマ…堪忍な…」
椿は微笑み、顔を横に振りました。
「来て…くれたから…」
「ん…おおきに」
花火は息を整えて乱れた服装を直し、仕切り直したかのように声を挙げました。
「さぁ~って、どこに買い物行くんや?」
「あ…あのね…煎御谷くん…」
「ん?」
前と同様に弁当の材料の買い出しだとすっかり思い込んでいる花火です。
イブの夜に待ち合わせをして会うのですから、勘の良い人なら誰だって察しがつくはず。
「今日は…お弁当の材料の買い出し…じゃないの…」
「は?」
「あの…今日はね…」
「なんや?」
「その……あの…えと…」
「???」
「一緒に…過ごしたいの…」
「…なんやて?」
「だから……一緒に…」
「ワイと…お前が?」
椿は恥ずかしながらもこくっと頷きました。
「なんでワイなんや?」
「そ…それは…」
「あっ、そや」
「…?」
「こうしようやないか。今日は一緒に過ごしたるから、1つ質問させてくれや」
椿は小首を傾げながらこくっと頷きました。
「じゃあ聞かせてくれ。なんで付いてくるんや?」
「ぁ…」
やっぱり椿は俯いてしまいました。
「なぁ…もうええやろ、話してくれはっても」
少し躊躇いましたが椿はこくっと頷きました。
「ん~、ここで話すのもなんやな。サ店行こか」
屋外で立ち話もアレだろうと気を遣った花火が喫茶店へ向かいます。当然ですが椿も連れて。
近くの喫茶店に入って席に座り、それとない物を注文して話し合いが始まりました。
「教えてくれや、付いてくる理由」
椿はこくっと頷きました。その表情からは何かを決心したように見て取れます。
「頼れる人が…側にいてほしかったから…」
「頼れる人?」
「転校したばかりで…友達もいない私の知らない土地で…不安だったから…」
「あぁ…その気持ち、分からんでもないわ。ワイも西から引っ越してきたクチやからな」
椿はこくこくと相づちを打っています。
「で、なんでワイなんや?」
「初めて会った…学校の人…」
「そ…そうなんか?」
椿はこくっと頷きました。
「それだけの理由なんか?」
今度はふるふると顔を横に振りました。
「他に理由あるんか?」
「それは……えと…」
椿は黙り込んでしまいましたが、花火も花火で、椿が喋るまで一歩も退きません。
…1分経過…
…2分経過…
…3分経過…
両者、なかなか決着がつきません。
「あ…」
椿が何かに気付き、ガラス越しに外を眺めています。
「雪…」
「雪?ホンマか?」
追うようにして花火も外を眺めました。白い妖精たちが冷たい温もりを空から運んできます。
その光景を椿は食い入るように見つめ、雪に夢中になっているようです。
「なぁ、冬…」
降り注ぐ雪に夢現な椿の横顔を見て、花火は思わずドキッとしてしまいました。
今までの感じた事のなかった感情…見た事のなかった椿の一面。花火は一人でドキドキしています。
「な…なぁ、冬矢…」
「え…?」
「外、出よか?」
「あ…でも…」
「好きなんやろ?雪」
嬉しそうに椿はこくこくっと頷きました。レジで清算を済ませ、喫茶店を後にします。
「わぁ~…」
椿はパ~っと上に手を広げ、絶え間なく降り注ぐ雪を身体中で受け止めようと動き回って落ち着きません。
まるで雪と戯れているかのような…そんな錯覚さえ覚えます。今の椿は楽しさに満ち溢れています。
それを脇で眺めていた花火も今、不思議な感覚に囚われています。椿を見ていると感じる不思議な感覚。
なんだか胸がザワザワしたりドキドキしたりとこちらも落ち着きません。
「っと、アカンな。椿」
「…?」
「ワイ、そろそろ帰らなアカンわ」
「あ…もうこんな時間…」
「帰ろか、そろそろ」
時刻はすでにPM9:00を過ぎています。時と言うものは知らず知らずに流れていってしまうものです。
何も言わずに家を出た花火は門限どころではありません、確実にお叱りを食らうでしょう。
2人はあの十字路まで一緒に帰りました。
「あ…あの……花火…くん…」
「ん?」
「今日は…ありがとう…」
「礼を言われるこた何もしてへんやろ」
「そう…だね…」
そう言いながら椿は微笑みました。
「ほな、また今度な」
椿はこくっと頷き、2人は各々の家に帰りました。…花火が母親からお叱りを食らったのは言うまでもなく。