部屋とYシャツとコラム - 安西信行

「MAR」という漫画をご存知だろうか。サンデーで連載していた、メルヘン世界を舞台にした漫画だ。作者は同誌で「烈火の炎」を連載していた、ちょっとエロくて兄さんキャラでとっても綺麗なタッチの安西信行氏。今回のコラムは、ついに最終回を迎えたMARの話と、同時に短編集やら安西先生について語ることにする。

まず、ボクが何を言いたいか。何故このようなコラムを書こうと思ったか。それはただ一つ。

安西先生、お疲れ様でした。

それをキーワードにして安西ワールドを語り部ろうと思います。

前作「烈火の炎」が大人気のまま終了したのが33巻。この度終了した「MAR」はその半分、15巻で完結を迎えました。明らかなクオリティの低下、内容の陳腐化、烈火の模倣、やっぱりトーナメント等々、様々な批判を浴びまくったMARは、じつにあっさりと、中途半端な形で終了。物語の中盤以降は切り上げムードてんこもりのモッコリ小森だったから皮肉にも読者の思いは通じた形にはなった。案の定ラスボスはダンナ(の姿)だし、最後のバッボストーンの乱用はかなりの無茶。「あぁ、最終巻なんだな」としみじみ思ってしまいました。こんな形ではあれ一つのマンガが終わり、大団円となったのは微笑ましいことであります。

しかし、そのアトがいけなかった。

ひっそりと、最終巻の帯の内側に書かれていた、こんな文言。

【MAR Ω (原案/安西信行 作画/星野倖一郎) 39号(8月30日発売)より連載開始!!】

そして、安西信行短編集での漫画活動無期限休止宣言。

作品の低質化に伴う批判の増加に、(恐らく)こんなものを描きたくはなかった安西先生のストレスは溜まる一方で、肉体的にも精神的にもボロボロになってしまったんでしょう。いつからかオマポンも巻末に載らなくなり、作画はほぼ全面的にアシスタントに任せ、懊悩の日々を送り、疲れ切った安西先生は漫画家をやめることを決意した。ただ、ゲーム化やアニメ化までしたMARを続けたかったのか、パワーアシスタンター星野が作画に回って実質連載は続くようです。たぶん、MARの看板や安西の名を取ったら誰も注目してくれないでしょうからね。それこそサンデーすら。いろんな事情がゴタ混ぜになりましたが、これで安西先生の苦しみが解き放たれるのであれば万々歳ではないでしょうか。後半のMARに安西先生はほとんど関与してないだろうし、特別な未練もないかと思います。一旦、お疲れ様でした(アニキも)。

そんなグタグタなMARとは対照的、過去の作品であるにもかかわらず、安西信行短編集は非常にクオリティの高い(画質に限らず)作品ばかりが集められた宝石箱のようでした。良くも悪くも「おっぱい」多発。「あぁ、これぞ安西だ」と全ての作品で思わされました。烈火連載中に描かれた作品もあり、当時の絵のタッチが反映されていてとてもなつかしい思いに浸れました。特に「クレマニ」は絵が一番ノってる時に描かれた作品であり内容もイっちゃってるのがマッチしてて完成度はX-GUN!! 別誌でいいからクレマニの連載が読んでみたくなった。「フェアリースノウ」はMARの基になったっていうより姫がちっこくなったカンジ。っていうか姫だん。だいたい天堂の頃の。でもほんわかしててイイです。ケンカばっかりだったからたまにはこんなのも描きたくなったんですかね。他の作品、安西先生デビュー前後のいわゆるケンカ系漫画。初々しさがあり、烈火の炎誕生以前の様々なアプローチがうかがえて楽しいです。休止前の最後に出す作品にふさわしい短編集です。MARなんかで一旦を終わらすにはもったいなかった。ぶっちゃけ幽白っぽさはバリバリだけど、まぁジュディマリとヒスブルの違いみたいなもんだから無問題ってことで。MARでオマポンを連載してないのなんでだろー?と思ってたら他誌でマンガとして連載してたみたいですねぇ。大人の事情ってヤツかしら。

そんなこんなで、安西信行先生は漫画家を休むことになりました。色々な意見があると思います。烈火の炎の大当たりで背負った期待の重さ、押し潰されたMAR、灰になってしまった安西さん。休養が必要です。もう十分に良い作品を輩出しました。復帰するか否かは別の話。今はただじっくり休んで欲しいです。今回のコラム、結局オチはないですが、やっぱりボクが言いたいのは一言だけ。

お疲れ様でした。