「あ、フレイさん」
「唯…なんだか嬉しそうだな」

宿に戻ったフレイが唯の嬉しそうな顔を見て問いかける。

「はい。だって、今日は豊漁祭ですから」
「豊漁祭?」
「魚や野菜がたくさん採れた時、もしくは採れる事を祈願するために行なうお祭りなんです」
「そういえば町が騒がしかったけど…なんでそんなに楽しみなんだ?」
「小さい頃からお祭りは好きですから。それに最近はあまり来れませんでしたので」
「そっか。じゃ、存分に楽しむといい」
「…フレイさんは?」
「祭とか、よく知らないし…人ごみの中ならヤツら襲ってこないだろうからな」
「そんな事をおっしゃらずに、フレイさんも楽しみましょうよ?」
「ん~…ま、いいか」
「そうと決まれば、早く行きましょう」
「うわっ!ちょっ、唯、引っ張るな!」

二人は町へ繰り出し、あちこちの出店や露店をまわる。

「なぁ…いつまで見てるんだ?」
「野菜がとてもお安いんです」
「安いのはわかってるけど…どこも同じ物ばっかりだからさ…」
「微妙な品質の違いや値段の安さ、店それぞれに違いがあるんですよ」
「俺にはわからないけど…(唯は楽しいんだろうな)」
「あ、フレイさん。栗です、栗がたくさんありますよ」
「わかったわかった…だから引っ張るな…」

探索途中、見覚えのある筋肉質の老人、ダーゼンに出くわす。

「あれ?ジイさん、こんなとこでなにしてんだ?」
「おぉ、馬鹿弟子と唯殿ではないか。なぁに、久々に顔を出そうと思っての」
「どうせうまい酒でも調達しにきたんだろ?」
「ぐっ…ど、どうしてバレたのじゃ…」
「バレバレじゃよ」
「む…声色までマネしおって…」
「酒の飲み過ぎで筋肉がたるまないように気をつけろよ、歳なんだから」
「言われんでもわかっとるわ。して、唯殿は?」
「あ~…見ての通り、買い物だの祭だのに夢中さ」
「ほぉ~、唯殿も回りが見えなくなく事があるのじゃな。いやいや、意外じゃった」
「俺もこんなに楽しんでる唯は初めて見たよ」
「ふむ、まぁ良い。ワシは他にも見て回るつもりじゃ。また会おうではないか、馬鹿弟子」
「一言多いけど…またな、酒太りジジイ」
「太っとらんわい!」

ダーゼンが去った後も、相変わらず唯は買い物に現を抜かしている。

「唯」
「…」
「ゆ~い」
「…はい?」
「ジイさんがいたぞ」
「えっ?ダーゼンさん?どこですか?」
「もう行っちまったよ」
「そうですか…ごめんなさい、夢中になって挨拶もせずに…」
「俺に謝る事じゃない」
「…ですね」



唯の買い物(見るだけだが)も一段落した頃、二人は祭の人ごみから離れ
人のいない湖のほとり、坂になっている草むらに寝転がっていた。

「今日はありがとうございました、買い物にお付き合いしていただいて」
「いや、お安い御用だよ。あんなに夢中になってる唯を見たのは初めてだったし」
「お祭りの時はいつもこうだと父は言っていました」
「…唯の父親、か」
「フレイさん…」
「ん?」
「聞かせてくださいませんか?フレイさんの過去」
「っ…」
「とてもお辛い過去だった事はわかっています…でも、知りたいんです」

なにかを覚悟したような面持ちでフレイがゆっくりと語り出した。

「……あれは…俺が7つの時だった。夜中に家が何者かに襲われ、火が放たれた。母さんは眠っていた俺を抱いて逃げようとしたが、崩れてきたガレキに挟まれて…。母さんはなんとか無事だった俺にペンダントを手渡し、『逃げなさい』と叫んだ。俺は無我夢中で逃げまわった。右も左もわからない暗闇の中、全力で逃げまわったんだ。やぶからぼうに走ってたからな…ガケから落ちて、川に流されて。それ以降は唯が知っての通りだ」
「そうでしたか…」
「この事はジイさんにも、誰にも話さなかった。唯に初めて話したんだ…。どうしてかな…」
「あれ?フレイさん、わたしが知っての通りって…あの時、お目覚めになられていたのですか?」
「かすかにだったけどな」
「…フレイさんのお父上は?」
「父さんは俺もよく知らない。顔もぼんやりとしか思い出せない。ほとんど家にいなかったしな」
「わたしは…母はおらず、父…お父さんの腕の中で育ってきました。お母さんがいない事で色々と苦労はありましたけど、お父さんにはとても感謝しています。…血は繋がっていませんでしたけどね」
「なっ…!?唯、知ってたのか?」
「薄々は勘付いていましたから」
「…女の勘は鋭いんだな」
「フレイさんこそ、どうしてご存知なのですか?」
「あ、いや…それは…」
「?」
「ほ、ほら、あれだ、男の勘ってヤツだよな」
「ふふ…」
「な…なんだよ…」
「いえ、別に…」


そのまま二人はなにも話さずに、その場で寝転がっていた。


街から溢れる灯り。止む事のない祭音。かすかに聞こえる湖の音。鳴り響く鈴虫の声。


上空には満天に輝く星空。その情景は秋そのもの。秋にしか望めない風景が広がっていた。


「…フレイさん」
「ん?」

唯が上体を起こし、フレイの方に振り向く。

「なんだ?」
「…」

唯は無言のまま、フレイに口付けをする。



その状態がどれくらい続いたのだろう。唇が離れ、唯がフレイに向かって微笑み、再び寝転がる。

「星…綺麗ですね」
「あぁ」
「フレイさん…これからもずっと、わたしを守っていてくださいね」
「当たり前だ」
「ずっとですよ…ず~っと」
「安心しろ、俺は唯を守る。いつまでも…永遠に」
「…」

唯は言葉の代わりに、フレイの手を握って返事をした。


二人が宿に戻ると、街中が騒々しくなっていた。自然と民衆の声が耳に入る。

「ちょっとちょっと!統治長のお屋敷が襲われたそうじゃない?大丈夫なのかしら?」
「心配だわねぇ…」

その声を聞き、唯が血相を変えてシフネ邸へと向かって走り出す。

「お、おい!唯、待て!」

フレイは人ごみに慣れていないせいか、走っていく唯の後を思うように追う事ができなかった。

…フレイがシフネ低に到着。無惨なガレキの山になったシフネ邸の頂上にはモンスターを引き連れた
少年が一人。そのモンスターの腕には気を失った唯の姿があった。

「唯!!」
「おや?誰かと思えばガーディアンじゃないか。随分と逃げまわってくれたみたいだね」
「お前は誰だ!?」
「僕かい?僕はカイン、モンスター部隊『chaos』のリーダーさ」
「お前が…カイン…」
「ヒーラーの居場所を吐かせようとわざわざ統治長の元にやってきたと言うのに無駄な抵抗をするからこんな事になるんだよねぇ…でも、ヒーラーが自分から虫かごに入ってくれて僕は機嫌がいいんだ。キミも痛い目にあいたくなかったら、僕の邪魔はしないでほしいな」
「ふざけるな!唯を離せ!!」
「ふん…愚民の声なんて聞きたくもないね。行くよ、ヴェルフィー」
「待てっ!!」

カインはモンスターに捕まり、空高く闇夜の中へと消えていった。

「くそっ!」
「フレイ…」
「! その声は…統治長?」

かすかな呼び声が聞こえ、ガレキの下をくまなく探した。ガレキに挟まれた統治長を見つける。

「統治長!しっかりしろ!!」
「ヤツは…ヤツは『JACK』を使い、この世を滅ぼそうとしとる…ヤツの暴挙を止め、唯を救うのじゃ…」
「でも、統治長は…」
「ワシの事は心配するでない…さぁ、早く…行け…!」
「わかった…唯は俺が助ける。だから…死ぬんじゃないぞ、統治長」

フレイは虻谷の森に向かって走り出す。唯を助け出す事、それだけを考えて。

森に向かう途中、大粒の雨が降り出してきた。昼間は晴れていたにも関わらず、突然のスコール。
秋の変わりやすい気象なら大して特異な事ではない。この雨は何を意味するのだろうか。

…到着、虻谷の森。

「どこだ!どうすればガーデンに行けるんだ!?」

そこへ、以前唯を驚かせたあのヘビがやってきた。

「お前は…」

そのヘビはフレイを誘うかのように森の奥深くへと進んでいく。

「ガーデンまで案内してくれるのか…よし、今助けに行くぞ、唯!」