ブンブンブン、ブンブンブン。
パラリラパラリラ。
店外の遠巻きからでも、有線では掻き消せないレベルの物凄い排気音とヤンキー音が聞こえてくる。
近くに国道があるため珍しいことではないが、稀に有線放送に聞き入っている時などはそれはそれはイラッとする。
どうせこのまま通過するだろう、と店内業務を続ける。
続ける。
続ける。
心なしか、ヤンキー音が接近しているような気がした。
気のせいだろう、きっと心の奥底にあるなけなしの恐怖心が煽るのだ、決して事実ではない。
思い込んだ。
ましてやこんな国道から外れた零細コンビニ、国道沿いの大手で済むだろう。
思い込んだ。
ブブブン、ブブブン。
パーラーリーラーパーラーリーラー。
…まさか。
慌ててガラス越しに店外を見やると、まるで野球グラウンドの照明のような煌々と眩しいヘッドライトが群れに群れて大挙を為して駐車場に続々と流れ込み始めていた。
国道外れだからと無駄に広い駐車場がこの時ばかりは恨めしい。
大群の流入は留まることを知らず、いつしか店の前は出入り口周辺を除いてびっしりとヤンキーバイクで埋め尽くされ、もはやその向こうに何台何十台の大群がひしめいているのかも窺い知ることができない。
警察を呼ぶべきだろうか。
否、まだ店舗として害を被ったわけではない。
しばらくは静観すべきだろう。
ガラス越しにも店内にまでビリビリと響いてくる爆音に耐えつつ様子を窺っていると、大群の先頭集団のさらに先頭に停車していたバイクから、一人の男が降り立った。
パンクを前面に打ち出したブラックレザーの全身コーディネートに、トゲトゲした何かやギラギラした何かやジャラジャラした何かをあちこちに散りばめられている。
今時分あんな判子絵のようなヤンキーがいるものだと感心した。
男はバイクを降りて数歩進み、出入り口周辺に空けられたスペースのど真ん中に仁王立ちすると、軍団に背を向けたまま頭上に手を掲げ、握り拳から親指を一本、ビシッと突き立てた。
そこから一瞬の間を置いた直後の軍団からの爆裂する声援に耳をつんざかれたのは言うまでもない。
ブンブンパラリラに混じって、やっちまえ兄貴ーだのいてまえ兄貴ーだの。
前時代甚だしくてむしろ清々しい。
だが、あれほど湧いていた声援や爆音が、
ピンポーン。
男の入店で一斉に静まり返った。
窓ガラスを破らんと唸る爆音が、だ。
それはむしろ怖いほどの静けさだった。
有線と、男の歩く音と、私の吐息しか聞こえない。
あれほど騒ぎ散らしていたバイク集団は、エンジンを切り、ただただ静かに店内の男の動静を見守っていた。
肝心の男は、入店するなりゆっくりと、あとジャラジャラと、大地を踏みしめるかのように黒いブーツを床に打ち鳴らし、レザーパンツのポケットに手を突っ込み、独特の厳つい猫背で、しっかと歩を進め、
惣菜コーナー脇のチルドデザートコーナーの前に立った。
男は商品を睨み殺さんとばかりに睨みつけ、くっ付きそうなほど商品一つ一つに顔を近付け、舐めるように見比べていく。
気になった商品はポケットから手を出して手に取り、パッケージの裏を同じく間近で睨みつけ、気に食わなかったのかそっと棚に戻す。
それを何度か繰り返したのち、気に入った商品があったようで、商品ただ一つだけを手に取り、レジカウンターに置いた。
『スプーンで食べるロールケーキ』だった。
私は黙々と会計処理を進める。
バーコードを読み取り、
「178円です」
告げると、男はレザーパンツのポケットからブラックレザーの小銭入れを取り出し、銭受けに百円玉を一枚、五十円玉を一枚、十円玉を二枚、五円玉を一枚、一円玉を三枚置いた。
「178円ちょうどお預かりします」
会計を済ませ、店で最も小さいビニール袋に入ったロールケーキを提げ、男は自動ドアを出る。
手に汗握れと静粛に待ち構えていた軍団員たちは、空いたスペースの中央で仁王立ちする、購入直後の男の一挙手一投足を待った。
取り囲んだバイクのスポットライトに照らされ、全員の視線を一点に受けながら、男は満を持して、いよいよ、ついに、とうとう、
ビニール袋からロールケーキを取り出し、腕をまっすぐに伸ばして天高くそれを頭上に掲げ挙げた。
「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」」」
文字にも出さず懸命にツッコミを堪えてきた私は、思わず店外に飛び出し、こう叫んだ。
「うっさいわボケーーー!」