「ほな、行ってきまーす」

少し長めの冬休みが終わった1月15日、花火はダルそうに家を出て学校へ向かいます。
外は相も変わらず真っ白な銀世界。たまに見るのならいいのですが、何週間も続くとさすがに辛いようです。

途中、いつもの十字路で椿に出会いました。こうして一緒に登校するのは久しぶりですね。

「よっ」
「あ…」

椿は小さくペコッとお辞儀をしました。花火の後ろに椿が付いてくる形で供に学校を目指します。
…そういえば椿の頭には未だに耳当てがありません。あの耳当て以外は身に付けたくないのでしょうか?

「あ、そや。椿」
「…?」
「これなんやけど…」

花火は自分のカバンをゴソゴソと漁りだしました。「あった」と言って取り出した物を見て椿が驚いています。

「この耳当て、お前のやろ?」
「それ…どうして…」
「あん時椿が帰ってから、夜中に神社行って探してきたんや。ごっつ寒かったで」

何か言いたそうな椿ですがうまく言葉になりません。花火からそっと耳当てを受け取りました。
椿はいなくなった愛犬が見つかったかのような表情で耳当てを見つめ、ゆっくりとした動作で耳当てを付けました。

「これぞ天下の耳当て椿、やな」
「…花火くん…」
「ん?」
「……あり…がとう…」

椿は涙を流しています。大切な物が見つかった嬉しさ、花火への感謝の気持ち、それぞれがこみ上がり
感極まった時に流す、いわゆる嬉し泣きです。そんな事もつゆ知らず花火は泣かせてしまって大慌てです。

「なな、な、なんで泣くねんな!?」
「え…?」
「ワ、ワイ、なんや悪い事したんか!?」

花火がどんな勘違いをしているのかよく分からず、椿は小首を傾げています。
とりあえず花火に非はないので、椿は顔を横にふるふると振りました。

「じゃ、じゃあなんで泣いてんねん!?」

勘違い覚めやらぬ混乱中の花火を見て、椿はくすくすと笑いました。もう涙はすっかり止んでいます。

「へ?な、なんで笑うんや?」
「花火くん…おもしろい…」

あまり笑顔を見せない椿が笑っています。大きな笑いではないにせよ、椿が楽しそうに笑っています。
ま~だまだ現況を把握できていない花火ですが、椿が笑顔を見せてくれたのでヨシとしよう、などと考えてたり。

「この耳当て…お母さんからもらったの…」
「へぇ~、おかんお墨付きなんや」

椿はこくっと頷きました。

「おかんなぁ…ウチのおかんはおかんちゃうんやないかなぁ…」
「花火くんの…お母さん…?」
「ロクな家事もせんと息子をコキ使いよるし、朝飯食わせんとったら小遣いもくれへん。ひどいおかんやろ?」
「…お母さんは…大切にしなきゃ……」
「そ、そりゃそうやけどもなぁ」
「お母さんがいるだけでも…幸せなんだよ…」
「そないなもんかいなぁ」

椿はこくっと頷きました。

「…ん?今、お前『おかんがいるだけでも』って…言うたよな?」

椿は小さくこくっと頷きました。

「まさか、お前のおかん…」
「…死んじゃったの……私が小さい頃、病気で…」

何か言いたそうな花火ですがうまく言葉になりません。先ほどとは立場が逆転してしまいました。

「この耳当て…お母さんの形見だから…」
「そうやったんか…」
「家の事はほとんど私がやってて……だから…お弁当も…」
「元旦の時に慌てて帰ったんも家の事やったんか?」

椿はこくっと頷きました。

「ははぁ~ん…なるほどなぁ。納得納得」

花火が相づちを打っています。なんだか椿に元気がありません…。

「お前、がんばっとるんやな」
「え…?」
「ガッコも行って家事もやってワイの弁当も作って、スゴイやないか」
「そ…そんな事…」
「キツぅないか?」

椿はふるふると顔を横に振りました。

「もう…慣れたから…」
「そか。がんばりぃや」

励ましの言葉をもらい、椿の顔がだんだんと赤くなっていきます。

「あっ。なぁ、もしかしてお前のおとん…暴力亭主とかそのクチか?」

椿は大きく顔を横に振りました。

「やさしい…お父さん…」
「そ、そうか。いらん心配やったな」
「花火くんの…お父さんは…?」
「ん~…ワイのおとんなぁ。ほとんど家におらへんし、よぉ知らへんねん」
「そう…なの…?」
「めっさデカイ会社のおエライさんらしいんやけどな。海外を転々としてて忙しいらしいで」
「大変…だね…」
「顔もよぉ覚えてへんし、人相とかも全然わからへん。今頃どこおるんやろな」
「飛行機の…中…?」
「かもしれへんなぁ。ワイらの真上飛んではるやもしれん」

…そうこうしながら歩き続け、学校に到着しました。3学期の始業式が始まります。
2人が教室に入ると突然 クラスの男子生徒らに花火がモミクチャにされてしまいました。

「うわわっ!な、なんやなんや!?」
「お前 冬矢と付き合ってるってホントか!?」
「はぁ?」
「ウラは取れてんだぞ!煎御谷と冬矢が喫茶店で話してんの見たってヤツがいるんだ!!」
「はぁ??」
「言い逃れはできないぞ!正直に吐け!!」
「ちょ…ちょっと待て~ぃ!!!」

花火を囲む群衆を怒気と罵声で払いのけました。男子生徒らは圧倒されています。

「勝手な事言うんやない!ぬぁ~もう朝っぱらからウダウダと!!」
「じゃ…じゃあなんでお前、いつも冬矢と一緒なんだよ?」
「そ、そりゃお前、アレや!アレに決まっとるやろ!!」

花火はついつい勢いで口から出任せを言ってしまいました。『アレ』とは何の事でしょう?

「アレって…なんだよ?」
「へ?あ…それは、アレや…そう、アレや。そ、そうやろ、椿?」

そう言って椿に目を向けましたが、俯いて顔を赤くしています。

「おい煎御谷、アレってなんなんだよ?」
「…ちょい待ちぃや…今考えとる」

(ワイと椿の関係って…なんや?登校も一緒…正月もクリスマスも…。なんでなんやろ…考えた事もあらへん)

「やっぱ付き合ってんだろ?お前と冬矢」
「…そう………なんか?」
「は?な、なんで俺達に聞くんだよ?」
「わからへんねん…ワイにも…」
「おいおい、なんだよそれ。聞いた事ねぇぞ?本人が知らねぇなんてよ」

それを聞いて冷めてしまったのか、男子生徒らはゾロゾロと自分の席に戻っていきました。

「なぁ、椿」
「…?」
「どうなんや?実際」
「なに…が…?」
「ワイとお前の関係」
「え………その……えと……」

花火はなんとデリカシーのない男でしょう、女のコにそんな事を聞くなんて信じられません。
椿は返事に窮し、言葉が詰まって顔を赤くしています。本人が言えるわけないのに…。

「お前に聞いてもわかるわけあらへんか。当人やもんな」
「え…?」
「まぁええわ、そない気にしてたら眠れへんようになってまうしな」

椿との関係がどうでもいいかのように花火はひょうひょうと自分の席につきました。
それに続いて椿も花火の隣の席に座りましたが、花火の言動がよく分からず小首を傾げているようです。

…昼休みになりました。この時間になるとさすがに勉強嫌いの花火も気が浮き立って落ち着きません。
なにせ毎日椿がおいしい手作り弁当を持ってきてくれるのですからね。え?ただの食いしん坊なだけ?

「はい…お弁当…」
「すまへんな、毎日」

花火が弁当のフタを開け、いざ口に入れようと言う時、多くの妙な視線を感じてその方向に振り向きました。
そこには今朝の男子生徒らが大人数で組になり、花火と椿のやりとりを覗いていました。
その光景はまるで…フクロウの集団のように目を光らせているようにも見て取れます。

「な、なんやお前ら!見せもんやないで!!」

何を言っても男子生徒らはそこを動こうとしません。

「つ、椿、他で食おか、他で」
「あ……うん…」

せっかく開けた弁当のフタを閉め、それを持って2人は教室を出ました。
ストーブのある教室内とは打って変わって廊下は冷気の溜まり場、寒さが身に染みます。

「ほな、どこで食おうかいな」
「………屋上…」
「アカン」
「…やっぱり…?」
「アタリキや、凍え死んでまうわ。雪をおかずに飯食えっちゅーんかい」
「じゃあ…どこ…?」
「無難に学食でええんとちゃうか?」

椿は意見に賛同し、こくっと頷きました。

「よし、決まりや」

2人は学食へ行き、一緒に昼食を取りました。

…放課後、というか始業の日なので昼食後に即放課なのですが。当然ながら花火と椿は供に下校します。

いつもの十字路に着いた時、椿が何やら神妙かつ緊張した面持ちです。

「あ…あの……花火くん…」
「ん?」
「えと………24日…」
「24日?」

椿は小さくこくっと頷きました。

「その日………その日は……」
「なんや?」
「……やっぱり…なんでもない…。また…明日…」

顔を赤らめながら椿は小走りで帰っていきました。

「なんやったんや、あいつ?」

疑問に思いながら花火も家路に着きました。