あくる日の朝、今日も目覚めの良い花火は元気に学校へ向かいます。
外はまだまだ真っ白な銀世界。どこを見ても白一色。寒いです、非常に寒いです。
いつもの十字路に付きました。でも…そこにいつもの少女はいませんでした。
「ん…?椿?」
辺りをキョロキョロと探し回る花火ですが、椿の姿はどこにも見当たらないのです。
椿の身に何かあったのかと心配し、気が気ではありません。仕方なく花火はそのまま学校へ向かいました。
その道中、突然花火の後頭部に雪玉がぶつかりました。大きさも小さく勢いも弱かったため軽いダメージです。
椿に会えなくてちょっと不機嫌な花火の怒りが増し、さらに不機嫌な顔で後ろに振り返りました。
そこには雪玉を投げた犯人と思しきランドセルを背負った少年が花火をじ~っと睨んでいます。
「雪投げたん…お前か」
「そーだ!」
「ワイになんの恨みがあんねんな」
「しらばっくれるな!!わかってるんだぞ!!」
「…なにがや」
少年は再度雪玉を投げ付けました。今度は勢い良く顔面に直撃、花火の顔が真っ白に。
「ねえちゃんをいじめるな!!バカ男!!!」
少年は走り去っていきました。花火の怒りは頂点に達しかけています。
(あのガキ…今度会ったら雪ん中埋めたる…)
…学校に到着しました。教室に入ると生徒一同が一斉に花火に目線を合わせ、そして目線を外しました。
花火の目が異様に強ばっていてみんな目を合わせられなかったのです。よっぽど怖い目をしているのでしょう。
どっかりと自分の席に座り、ぐったりと机に倒れ込みました。いつもよりさらにヤル気がなさそうです。
(椿…なんかあったんやろか…)
そのまま花火は眠ってしまいました。
…昼休みになりました。椿のいない今、花火の昼食の行方は果たしてどうなるのでしょうか?
いつも椿に弁当を作ってきてもらっているのですから椿がいなければその弁当もありません。
「んぁ~…腹減ったぁ~…」
ほんのり目を覚ました花火でしたが、ベタ~っと机に身体を投げ出して全く動こうとしません。
「今日は散々やなぁ…昼飯も食えへんし、変なガキに雪玉投げられるし…。はぁ~…」
(そういえばあのガキ『ねえちゃんをいじめるな』って言うてたよな…。ねえちゃんって誰や?)
何を考えてもお腹の足しにはなりません。結局花火は昼食を食べ損ねてしまいました。
…放課後になりました。花火は肩を落とし、ゲンナリしながら家に向かって歩き出しました。
「なぁ、椿」
後ろに振り返った花火でしたが、そこに椿はいません。
(そや…おらへんねんな…)
今日の花火は終始元気がありません。雪玉を投げられたから?昼食を食べ損ねたから?
いいえ、違います。いつも側にいる人がいないから…だから元気がないのです。
花火は家に着いてからも元気がありませんでした。
…翌日。やっぱり元気がなさそうに花火が家を出て学校を目指します。
今日も椿は休みなのだろうと思いながら十字路に着くと、いつもの少女が立っていました。
「よっ。おはようさん」
「あ…」
椿がぺこっとお辞儀をしました。顔を赤らめてなんだか申し訳なさそうな表情を浮かべています。
「きのうは…ごめんね…」
「あぁ~、ええねんええねん、気にすんなや。…で、なんで休んだんや?」
「風邪…ひいちゃって…」
「もう平気なんか?」
椿はこくっと頷きました。
「あんまムリすんなや、自分の身体は大事にせぇへんとな」
そして2人はいつものように学校を目指して一緒に歩き出しました。
…その途中、歩きながら花火が椿に話かけました。
「きのうガッコ行ってたら変なガキに雪玉投げられてな、しかも頭と顔にや。腹立つやろ?」
「雪…玉…?」
「そうやで。痛くはなかったんやけど」
「そのコ…何か言ってなかった…?」
「言っとったで。『ねえちゃんをいじめるな』って、訳分からへんわ」
「…やっぱり…」
「ん?どないしたんや?」
「花火くん…ごめん……。そのコ…私の弟…」
「は?」
花火が言葉が出なくなり、しばしの沈黙が続きました。
「お前、兄弟おったんか?」
「弟が…一人だけ…」
「んじゃ『いじめるな』って、ワイがムリさせて椿が風邪ひいてもうて…それでか」
花火はうんうんと頷いています。
「すまへんな…やっぱりワイ、お前にムリさせとったわ」
椿は大きく顔を横に振りました。
「そんな事…ない…」
「…そうか?」
椿はこくっと頷きました。
「なら…ええんやけど…」
「あのコには…きつく叱っておく…」
「それはいらんと思うで」
「え…?」
「だってねえちゃんのためにワイにあないな事したんやろ?ねえちゃん想いのええ弟やないか」
「でも…」
「事情も事情や、ワイも怒ってへん」
ちょっとだけ間を空けて椿はこくっと頷きました。
「ところで弟、なんでワイの顔知っとったんや?」
「…? 花火くん…会った事ある…」
「へ?い、いつの話や?」
「前にこの道で転んで泣いてたコ…いたよね…?」
「あぁ、そないな事もあったな」
「あのコ…だよ…」
「…ホンマか?」
椿はこくっと頷きました。
「赤の他人やなかったんか?」
椿はふるふると顔を横に振りました。
「そん時の『ねえちゃん、ありがと』って…ホンマのねえちゃんやったんか…」
「知らなかった…?」
「し、知らへん知らへん。初耳や」
「そっか…」
椿はくすっと小さく笑いましたが、その仕草に花火は気が付きませんでした。
…学校に到着しました。2人が一緒に教室に入ると、クラスのみんなが急にごそごそと耳打ちをし始めました。
きっと花火と椿の良からぬ噂話で盛り上がっているに違いありません。ですがそんな事も気にせずに
花火は席に着き、またしても机にベタ~っと倒れ込みました。
「ワイは寝るで~、ほななぁ~」
「わっ……は、花火くん…ダメだよぉ…」
花火の身体を揺すってなんとか起こそうとする椿でしたがやっぱり歯が立ちません。
こうなっては何をやっても糠に釘です。あきらめて花火は放っておく事にしましょう。
…昼休みになりました。相変わらず花火は夢の中、起きる気配が微塵も感じられません。
さて、どうやって椿は花火を起こしましょうか?前回同様に泣いてしまうのでしょうか?
ですがそのような様子もなく、椿は眠りこけている花火の顔をじ~っと覗き込んでいます。
「………花火くん…」
ふと何かに気が付いた花火が目を覚ますと、眼前には椿の顔がありました。
「どゎっ!?な、なんや!?」
「おはよう…花火くん…」
「ん~…あぁ、椿か。おはよ」
すっかり寝ぼけていて意識がまだ現実に帰ってきていない花火です。
「あ~、今日は帰り遅くなるさかいな」
「え…?」
「メシはええから、そのつもりでな」
「花火…くん…?」
「なんや、変人を見るよ~な目ェして。………って、ここどこや?」
「学校…」
それを聞いた花火は腕を組んで深く考え込み、やっと答えに行き着いたようです。
すると急に花火は顔を赤らめ、椿に弁明し始めました。らしくない行動ですねぇ。
「つ、つつ、椿、さっき言った事忘れてくれへんか?」
「え…?」
「何を言わずに忘れてくれればええねん。頼むわ、な?」
椿は腑に落ちないながらもこくっと頷きました。どうやら花火は夢を見ていて、寝ぼけて
現実と夢の判断ができなかったみたいです。どんな夢だったのかは何となく想像がつくでしょう。
「はい…お弁当…」
「椿」
「…?」
「弁当、もう作ってこんでもええわ」
「……どう…して…?」
「今朝お前が話したやろ。これ以上 お前に無理させられへん」
「でも…」
「ワイは学食で食えばええしな」
「…」
椿はまるで知人に不幸があったかのように俯いてしまいました。ショックだったようです。
その目からはうっすらと光るものさえ見えています。よっぽど、よっぽどショックだったんでしょう。
「なっ…?椿?」
「…私が作ったお弁当を…花火くんに食べてもらえる事が……楽しみだった…」
「そ、そうやったんか?」
「なのに……花火くん………ひどい…」
大粒の涙を机に残し、椿は席を立って教室を駆け出ていってしまいました。
「椿!」
その後を追うように花火も席を立ち、教室を駆け出ていきました。