「てやんでぃ!」
入店前の店外から、しゃがれた声が聞こえてくる。
ピンポーン。
ハッピ姿の中年の男性が来店。
祭りでみこしを担いだその帰り、と言わんばかりである。
汗をかいているようには見えないので実際は違うのだろうけれど。
男性は入店するなりまっすぐレジカウンターに向かい、
「へぃ姉ちゃん!」
堂々と胸を張り、両手をカウンターにバンと乗せる。
「はい」
「豆絞りはあるかい!」
「ございません」
「そうかい…」
「レンズ豆ならございますが」
そこから一瞬、有線放送だけの静寂が流れ、
「てやんでぃ!」
捨て台詞を置き、江戸っ子らしい切れの良い踵返しで反転して、改めて店内を物色し始めた。
空腹を催しているのか、パンや惣菜、弁当コーナー周辺をウロウロしている。
「へぃ姉ちゃん!」
あまり高くない背のおかげで棚に隠れている男性が遠巻きから呼びつける。
「はい」
「みこしはあるかい!」
「ございません」
「そうかい…」
「おこしならございますが」
パンを物色しているのか、ビニールのガサゴソする音が有線の合間を縫って静寂をつつき、
「てやんでぃ!」
男性は物色を再開した。
「へぃ姉ちゃん!」
今度は弁当コーナーから、背を向けたまま呼びつける。
「はい」
「綱はあるかい!」
「ございません」
「そうかい…」
「ツナならございますが」
カルビ弁当を手に取り、くんくん匂いを嗅ぐ仕草を見せてから、
「てやんでぃ!」
威勢の良い口調とは裏腹に、弁当を棚にそっと戻して物色を再開した。
「へぃ姉ちゃん!」
今度はお菓子コーナーだ。
「はい」
「ハッピはあるかい!」
「すでにお召しのようですが」
有線の静寂の後、
男性は無言で退店した。
何故だか胸の奥がもやもやした。